米津玄師の楽曲はなぜ何度も聴きたくなる? 「打上花火」や「Lemon」などの楽曲構造から紐解く
米津玄師が3月14日、メジャーからの通算8枚目となるシングル『Lemon』をリリースした。昨年11月に発表された4枚目のアルバム『BOOTLEG』を挟み、シングルとしては前作『ピースサイン』からおよそ9カ月ぶりとなる。表題曲は、TBS系列テレビドラマ『アンナチュラル』の主題歌として書き下ろされたものであり、MVの再生回数が5日と11.5時間で1000万回という、自身史上最速記録で突破したことでも目下話題となっている。
今回は、そんな米津のディスコグラフィの中から4曲ほどピックアップし、その魅力についてコード進行とメロディを中心に解き明かしていきたい。
まずは、昨年8月に「DAOKO×米津玄師」名義で発売された「打上花火」から。この楽曲は新房昭之監督のアニメ映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』の主題歌に起用され、各配信チャートでも上位にランクインしている。ここでは米津本人によりセルフカバーされ、アルバム『BOOTLEG』に収録されたバージョンを取り上げてみる。
驚くのは、この曲のコード進行が、F/ G - Am/ C - F/ G - Am/ Cと(キーはC)、その派生パターンであるF/ G - Am/ C - F/ G - Am、F/ G - Am/ G - F/ G - Am/ Cのみで、ほとんど成立していること。DAOKOと共同名義のオリジナルバージョンでは(キーはG♭)、〈パッと花火が 夜に咲いた 夜に咲いて 静かに消えた〉と歌われる展開メロでコード進行が倍になったり、所々にsus4を散りばめたりと、楽曲をドラマティックにするためのギミックが施されていたが、セルフカバーはあえてコード展開を抑えることにより、抑揚のあるメロディを引き立てているのだ。
そのメロディは、何よりサビが印象的。どこか“和”な雰囲気が、一度聴くと耳に焼き付いて離れなくなる。これはおそらく、「ヨナ抜き音階」と呼ばれる日本固有のスケールが用いられているからだろう。「ヨナ抜き音階」とは、ヨ(4)とナ(7)、つまり西洋音楽の長音階に当てはめたときに、主音の「ド」から4つ目の「ファ」と、7つ目の「シ」を抜いた音階ということである。きゃりーぱみゅぱみゅの「にんじゃりばんばん」や「つけまつける」、初音ミクの「千本桜」、星野源の「恋」、Perfumeの「レーザービーム」や「575」などでも、このヨナ抜き音階は用いられていて、どの曲もやはりどこか“和”な雰囲気が漂っているのだ。
そういえば、Whiteberryがカバーし大ヒットを記録した、JITTERIN'JINNの「夏祭り」もヨナ抜き音階。「日本の夏夜=ヨナ抜き音階」というイメージは、この曲で定着したといえるのかもしれない。ひょっとしたら米津も、「打ち上げ花火=日本の夏夜」を表現するために、ヨナ抜き音階をあえて選んだのではないか。
さて、続いて2015年1月14日にリリースされた、米津のメジャー3枚目のシングル「Flowerwall」を聴いてみよう。ミドルテンポの壮大なロックアンセムで、少しハネたリズムがOasisや、90年代後期のMr.Childrenなどを彷彿とさせる曲だ。キーはCで、AメロはAm/ G - F/ Cを2回くり返した後にF/ C - G /D - F/ G - C と続く。このラインの2小節目3、4拍目は、AmもしくはCへ行くと見せかけDに行くところがグッとくるポイント。BメロはConE/ - F - G/ Am - EonG#/ Am - Dm -G/ Gsus4 - G。1小節目1、2拍目、3小節1、2拍目が、それぞれ分数コードConE、EonG#となっているのは、ベースラインを1音もしくは半音で上昇させるため。そうすることによって、サビに向け徐々に盛り上がっていくメロディを、より効果的に演出しているのである。
サビは、F/ C - G/ EonG# - Am/ D - G/ Cを2回くり返した後、F・G/ Am・ConE - EonG#・E/ Am・C - F/G - Csus4/ C。前段のEonG#は、続くAmに対するセカンダリー・ドミナント・コードで、ここもBメロと同様、ベースラインをソ-ソ#-ラと半音ずつ上昇させるために分数コードとなっている。〈それを僕らは 運命と呼びながら〉のところは、1拍ずつ目まぐるしくコードが展開し、ここではベースラインもあえて抑揚をつけて緊張感を醸している。そうすることでコントラストが付き、サビの終わり〈いつまでも手をつないでいた〉の開放感が、より増しているのだ(最後のsus4も効いている)。
前作「orion」より約4カ月ぶりにリリースされた、通算7枚目のシングル曲「ピースサイン」は、読売テレビ系列アニメ『僕のヒーローアカデミア』の2期オープニングテーマに起用された曲である。米津は本曲を作るに当たって、彼が敬愛するアニソンシンガー和田光司の、1999年のソロデビューシングル「Butter-Fly」(作詞・作曲:千綿偉功)を意識したという。例えば音楽ナタリーのインタビューでは、「俺の中でアニソンと言えばその曲(「Butter-Fly」)だし、「ヒロアカ」(『ヒーローアカデミア』)の主題歌に関してもある程度はそれを踏襲しようと。と言うか、その曲からは逃げられないと思ったんですよね」とも公言している。
聴き比べてみると、少なくともコード進行やメロディにはさほど大きな共通点は見られない。それだけ米津が「Butter-Fly」を、自分のオリジナリティにまで昇華したということだが、例えばイントロのシンコペーションの応酬や、サビの後半のコード進行A♭/ B♭ - GonB/ Cm - C♭/ D♭ - E♭(キーはE♭)の、 C♭/ D♭ - E♭の部分に「Butter-Fly」からの影響の、「残り香」を感じさせる。そして、全体的にマイナー調のこの曲の中で、この部分が唯一メジャー調となり景色が一瞬変わる。一聴するとシンプルでストレートなロックナンバーだが、こうした細かい仕掛けを配置することによって、何度も聴き返したくなる中毒性を生み出しているのだろう。