クリス・ハートの歌に人々はなぜ涙するのか 日本を愛する思いが育んだ“日本のうた”
“日本人らしさ”への強いこだわり
また一方で、歌詞の理解の深さも人一倍だ。日本語はただでさえ複雑で、外国人にとってはハードルが高いと言われるが、彼の場合はただ耳で聞き覚えた言葉を発するのではなく、日本独特の歌詞の奥深い意味や言語感覚を理解した上で歌っているのだ。たとえば、『Heart Song Tears』をリリースするにあたっては、日本における“涙”の意味に着目。「アメリカでは“涙”はネガティヴな意味しかなく、悲しいときや苦しいときに流すもので、特に男性は人前で涙を見せるものではないという感覚ですが、日本では、嬉しいときや感謝の気持ちや皆で頑張ってひとつのことを達成したときの感動が“涙”となってポジティヴにとらえられています。日本にしかないいろんな“涙”の意味が伝わるアルバムになったと思います」とコメントしていることからも、日本人独自の感受性への深い理解が見て取れる。日本の歌は総じて情緒的な歌詞が多く、聴き手がその情景を思い浮かべることで共感を生み出す。歌の意味はもちろん、日本そのものを知ることが楽曲をより魅力的にすると、日本に暮らし、身をもって知ったことが大きかったように思われる。
さらに、2015年7月から約半年に渡って47都道府県をめぐるツアーを行ったことや、日本人シンガーソングライターの妻との結婚、子どもの誕生も転機となり、現在はなんと日本への帰化を申請中。「日本の歌を歌う外国人」という立ち位置から、「日本人アーティスト」へ転身の途上にある。日本人以上に日本人であることにこだわる彼の存在は、現在のJ-POPリスナーにしてみれば、ある意味カウンターカルチャーとも取れそうなもの。だからこそ、誰もが知っている曲なのに初めて聴くかのような、新鮮に響く日本の歌がそこに出現するのだ。
本作『Heart Song Tears』のリリースに先駆け、今年も全国をまわるツアーがスタート。タイトルには “my hometown”というキャッチコピーも付けられた。ここにはクリスにとって日本の歌が歌手活動の“故郷”であるとの意味合いと同時に、自身の歌がファンにとっての “故郷”となるように、との願いも感じられる。日本の歌を深く愛し、真摯に向き合うことで唯一無二の歌い手へと進化したクリス・ハート。新作リリース、そしてツアーを経て、彼の「うた」は今後一層の説得力を持って聴き継がれていくに違いない。
(文=板橋不死子)
アルバム『Heart Song Tears』特設サイト
クリス・ハート オフィシャルサイト