椎名林檎の曲はなぜ強烈に個性的なのか? “林檎節”の特徴を譜割り・コードから徹底解説
次に特徴的なのは「セカンダリードミナント」を多用していること。特に多いのが、キーがCの曲に対して使うE7。ダイアトニックコードであれば通常Em7とするところを、3度の音を半音上げてE7にすることで、なんとも切ない響きを作り出している(このE7はAmを導きやすいコードでもある)。初期の代表曲「幸福論」は、まさにこのE7(ここではキーがFなのでA7)を効果的に使って、モータウン調のポップソングに「林檎節」を加えている。彼女が他アーティストに提供した曲で、これと同じ効果を持つのが例えば栗山千明に提供した「青春の瞬き」。この曲のキーであるCに対し、セカンダリー・ドミナントであるE7を随所に挿入、その際「Bm7-E7」というツー・ファイブに分解して、次にくるAm7をより導きやすくしている。
ベースが半音ずつ下降(もしくは上昇)する「クリシェ」はポップミュージックの王道だが、椎名も「罪と罰」や「透明人間」など、多くの曲で使用している。TOKIOに提供した「雨傘」も、<雨音は何処にぶつかり派手になるのか>の部分でCmaj7-Bm7-B♭maj7という半音進行を用いた。ちなみにこの曲も、上述したセカンダリードミナントの宝庫だ。
以前、tofubeatsにインタビューしたとき、好きなコード進行として「やっぱり、ドミナントコードから入って、みたいのは好きですね」と話していたが(拙著『メロディがひらめくとき』DU BOOKS)、椎名もサビがトニック以外のコードで始まるパターンをよく使っている。広末涼子に提供した「プライベイト」のサビは、Aのキーに対しサブドミナントコードのDから始まっているが、これは「ギブス」などと同じ手法で、VIm(「プライベイト」の場合F#m)で終わることにより、疾走感と哀愁感が入り混じったような印象を聴き手に与えている。
リズム面では、スウィング(PUFFY「主演の女」)やファンク(SMAP「真夏の脱獄者」)、ロック(TOKIO「渦中の男」)など様々なスタイルを取り入れているが、メロディはあまり細かく刻まず、オモテ拍を意識した譜割になっていることが多い。椎名の曲にある、どこか懐かしい昭和歌謡なムードはこの譜割によるところが大きいのではないか。
以上、駆け足で紹介してきたが、椎名林檎のメロディが持つ強烈なアク=個性は、他アーティストが歌うことによって、より浮き彫りになる部分もあった。メロディの中の、どの部分に「林檎節」を感じるか、何故そう感じるのか、注意しながら聴いてみると、また違った楽しさを味わえるかも知れない。
■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。
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