兵庫慎司「ロックの余談Z」 第2回

奥田民生の新グッズ「老眼鏡(RGM)」が大人気 邦楽ロックファンの高齢化を今だからこそ考える

 邦楽ロックファンの高齢化は1980年代までほぼなかった、と言っていい。僕は1968年生まれで今年47歳になるのだが、たとえば自分が中高生だった80年代、自分の親の世代である30代や40代がオールスタンディングのライヴハウスに行くなんてこと、ありえなかった。それ以前にオールスタンディングのライヴハウスが地方にはまだなかった、という問題もあるが。

 というか、そもそも、たとえば「サザンオールスターズがツアーで来るから広島郵便貯金ホールに行こう」という同級生はいても、有頂天や爆風スランプや地元のアマチュアバンドを観にライヴハウスに通う僕のような奴は、学年にせいぜい10人いるかいないか、みたいなレベルだったと思う(僕の通っていた高校は1クラス40人強で1学年10クラスありました)。

 要は日本のロック自体が、バンドの数もファンの数も非常に限られている、小さなマーケットだったわけです。大人になってもロックを聴くのは一部の洋楽ファンだけ、それもブルースとかソウルとかの渋い音楽を椅子席のホールでご鑑賞、というようなノリだった。東京はもっと進んでいたのかもしれないが、僕の育った広島ではそんなもんでした。

 その様相が、80年代終わりから90年代頭にかけて勃発したバンドブームで、ちょっと変わる。日本のロックを聴く層が大幅に拡大したおかげで、当時中高生だったロックファンが大人になっても日本のロックから離れなくなったし(たとえばユニコーンからソロになった奥田民生のファンが減るどころか何倍にもなったのはその象徴的な例)、日本のロックから離れた人も、当時好きだったバンドが再結成したりすると喜んで戻ってくる、という現象がまず起きた。

 そして、90年代半ばの渋谷系勃発で、邦楽ロックファンの中心年齢層が、中学生&高校生から、高校生&大学生や専門学校生や社会人、というふうに、ちょっと上がった。

 さらに、日本という国でもっともCDが売れる時代だった90年代末期から00年代前半にかけては、新人バンドでもデビュー時からファンは既に大人、若くても大学生で社会人が中心、という現象も起きるようになる。

関連記事