Salyu『Android&Human Being』インタビュー

プロデューサー小林武史が語り尽くす、Salyu新作の全貌 なぜ“完全再現ライブ”に踏み切ったか?

■M.06「先回りして2」

ーーこの「有刺鉄線」から「先回りして 2」へと続きます。

小林:音楽的な企みとしては、「有刺鉄線」まで一気に進んだなかで、かなりの手応えや分厚さがあるので、これ以上物語を厚くするのではなく、もう一度語り部を登場させる、という趣向です。ただ、最初の芽生えがあってからここまで旅をしている。怖さも感じながら、それでも旅は続く、という意味で「2」なんです。「1」には入っていない生ピアノがあったりして、「2」よりは歌い手の実体が見えるようなアレンジをしています。

ーー天から降るようなものから、地上に近づいたと。

小林:次の「フェスタリア」とのバランスでもあります。

■M.07「フェスタリア」

ーーこの曲はダンスミュージック色が強く、音楽の躍動感に身を委ねるような曲ですね。

小林:この曲は、天空のような、光と色に満ちた架空の街をイメージしてます。タイトルが「フェスタ」を絡めた造語であることからも祝祭のイメージがあって、火や花火が天空にあるような感覚です。だけど、そこと宇宙の始まりの暗闇との対比、時空を超えたワームホールみたいなもののスピード感も感じてもらえたらと。

ーーSalyuさんの声も、サウンドの中に溶けこむようです。

小林:素晴らしいですね。ちょっとラテンが入っていたり、祭事を司る未来の女性、というような感じがします。一緒に歌っているのは、ボコーダーを通した声です。

■M.08 「カナタ」

ーーそして「カナタ」への流れですが、これも「先回りして 2」から転じた祝祭的なイメージが続いているように感じました。音作りも印象的です。

小林:「非常階段の下」や次の「THE RAIN」でも使っていますが、クラブシーンでよく使われる、プリミティブなサイドチェーンをキックに対して使っています。「フェスタリア」で出てくる4つ打ちのダンスビートが、ビートのトランス感とともにより個人的な、内面に入っていくことを目指しました。すごく観念的ですが、自分の中にある「彼方」に光があって、それに対して動いていくベクトルを表したかったんだと思います。

ーー内面から外部への動きを表現する際にこそ、クラブミュージック的な手法が有効なのですね。シュールにも思える歌詞については、音を作る中で変えていく部分もありますか?

小林:音を作るなかで見えてくるんだと思います。僕は僕で情景を描き、Salyuはそれを演じる側として、演技や表現として仕上げていく。特に今回のアルバムは、そのやりとりが重要でしたし、僕がSalyuとやっていて面白いと感じるのはそこです。彼女がどう解釈してどう表現するかは、基本的に彼女に任せています。

ーー仮に小林さんが描く情景と、Salyuの歌う情景が違っていても、音楽表現としては成立する、ということでしょうか。

小林:そうですね。そもそも感じるものは聴く人によって違うだろうから。楽曲の流れについて言えば、一番抽象的な明るさのある「フェスタリア」と、ある種の暗さや迷宮感の中で先の光を見る「カナタ」という流れで、トランス感を持ってほしかったんだと思います。つまり変性意識状態(トランス状態に代表される、世界観を一変させるような意識の状態)に入ってもらうための装置ですね。

■M.09「THE RAIN」

ーー続く「THE RAIN」ではSalyuさんの歌唱力を存分に堪能できます。

小林:Aメロでは昭和すら感じる曲で、サビのメロディはフックが強い。構成自体はとてもシンプルですが、ものすごく振り幅をとっている曲なので、このスピード感で表現できる人は日本でもなかなかいないと思います。歌詞については、作った当時は原発事故からの影響が出ていたのですが、それだけではない時代背景が引っ張りだしてくれたものだと思います。「どんなことが起きても、夜はいつか明けるし」と、歌っているところは、Salyuの決意や覚悟のようなものさえ感じて僕は大好きです。Salyuは今回のレコーディングですべての曲を歌い終えたときに、このアルバムには「『I Will Dance With Pain』という言葉が一番フィットする」と言っていましたが。

ーー「I Will Dance With Pain」は『THE RAIN』の中で繰り返し登場するフレーズですね。

小林:ものすごくハイトーンで、強いパワーでこのスピードの中で歌いまくるんだけれど、これだけ人間のパワーやスピード感の中で生きていても、ある種のブルースのようなものをいろんな形で理解して、節々に宿しているような感じがして。ライブではこれのさらなる完成形が見せられると思うので、ぜひステージを観に来ていただきたいですね。間違いなく、このアルバムの大団円の曲です。

ーー圧倒的な曲ですが、変わらない状況に対する“痛み”の表現でもある。

小林:はい。それでも歌い続けて踊り続けるのは、ヒューマン・ビーイングのなかで最もプリミティブな行為だと考えています。

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