市川哲史の「すべての音楽はリスナーのもの」第12回

ポール1年半ぶり日本ツアーへの期待と不安 市川哲史が歴代来日公演を振り返る

 といった伏線もありつつ一昨年の来日公演は、前述したようにポール・マッカートニーをようやく堪能させてもらえた。しかし実はそれ以上に、開演前のお客さんたちの姿に惹かれた私だ。

 おそらく今夜が人生最初で最後のライヴとおぼしき年輩の方々の、緊張と高揚に溢れたとびきりの笑顔は、まさに<音楽がある風景>そのものだったのである。

 だからポップ・ミュージックはやめられない。

 するとそんな幸福感が醒めぬうちに、半年後の再来日がすばやく発表されてしまった。翌14年5月。頭では「セットリストもほとんど同じだろうし、わざわざ観なくていいよ」とわかっていても、身体は「前回はアリーナ前列のいい席だったから、今度は野外だしスタンド最前列で観るのも悪くないな」と、ヤンマースタジアム長居のチケットを購入していた。もはや反射神経の成せる業だ。俺は馬鹿なのか?

 しかもその数日後、例の追加公演@48年ぶりの武道館が発表されると一気に観戦意欲が萎んだ。我に返ったのである。「武道館ならともかく、わざわざもう一回観なくてもいいんじゃないの?」と。

 そして本人の体調不良によるツアー中止の報せに、思わずガッツポーズしたのは絶対私だけではなかったはずだ。なので今回のリベンジ来日も、「いやいやそんなお気になさらずとも」と丁重に辞退させていただきたい気分なのであった。

 それでも当初は、どんな卑怯な手(失笑)を遣ってでも武道館を観ようかと考えた。しかしアリーナ&1階南スタンド全席10万円などという法外な料金設定は、もはやライヴとは異質のものに思えてならない。

 ストーンズも2003年の来日で武道館公演を実現させたが、それでもアリーナ席は2万2千円だった。もっとも彼らの場合は、昨年のゴールデンサークル(花道)席が8万円だったけれども。わははは。

 今回の10万円設定はポールのギャラ自体が破格だからだろう。だってコスト自体は、ドームだろうが武道館だろうがさほど変わらないはずだからだ。<チケット代×入場者数=収入>として、ドーム公演1回で平均1万5千円×4万人=6億円。で同じ収入を武道館公演で得ようとすれば、6億円÷1万人=一人あたり平均6万円のチケット代金は譲れない。1公演のギャラが最低5億円と考えれば、大雑把だけども妥当な線だろう。

 だからといって、ビートルズ時代のジョン・レノンが「貴賓席で御覧の皆様は、お手元の宝石をジャラジャラ鳴らしてください」と揶揄したMC話を持ち出して、ロックの魂はどこへなどと責めるつもりはない。スピリット論を語るには、私は歳を取りすぎた。

 それよりも私が怖いのは、武道館公演が実現に至った経緯――一昨年に来日した際、大盛況と高評価に気をよくしたポールに、「伝説のビートルズ武道館公演が48年ぶりに再演されたら、皆死んじゃう♡」などと日本人関係者の誰かが叩いた軽口が、そもそもの発端のような気がしてならない。きっと。安直な発想だもの。

 とりあえず何でもかんでも乗っからないでください、ポール。

 これで4月28日の武道館ライヴが、49年前と同じく“ロック・アンド・ロール・ミュージック”で始まって“シーズ・ア・ウーマン”“恋をするなら”と続いたら、怒るよ?
 
■市川哲史(音楽評論家)
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント」などの雑誌を主戦場に文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)

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