ニューアルバム『Kanata』インタビュー
Mellowhead深沼元昭が語る、音楽家としての信条とサヴァイヴ術「『周りが見えない力』も大事」
「前に進んでいく感じというのは出したいと思った」
――そういう喜びの感覚は、このアルバムのテイストにも繋がっているように思います。
深沼:まさにそうですね。アルバムは、すごく自分に近いところから出ている。こんなにも自分に近いのは初めてなんじゃないかと思うくらいですね。今回のアルバムの中では、自分の人生の時間軸を描いているんだと思います。昔に思い描いていた未来と、今になって自分が立っている場所はずいぶん違う。でも、そこに喜びも感じている。
――「その予感」という曲で《何かを諦めたみたいに見えてたかもしれない それは間違いだったと証明しよう》と歌ってますね。これは自分自身のミュージシャンとしての今の実感を表している。
深沼:そうですね。だから、すごく素直なアルバムだというか。それこそ、こんなに長く音楽をやるとは思いもしなかったわけですから。あと、PLAGUESの頃はメジャーレーベル的進行のプレッシャーもあってツアーもあんまり好きじゃなかったんです。でも、今は佐野元春さんや浅井健一さんと長いツアーをやっている。そこにミュージシャン冥利を感じている。当たり前のことをここ5、6年とかで改めて感じていますね。
――歌詞だけじゃなく曲調も含めて、ペシミズムよりポジティブさが印象的なアルバムになっていると思います
深沼:そうですね。前に進んでいく感じというのは出したいと思った。ここまで長くやってきて、それこそ音楽業界自体が非常にそんなに調子いいわけでもないし、震災もあって、人が絶対に必要としているものを作って生きているわけではないということを考えたりもした。でも、そこに喜びがあるし、できることならそれを続けていきたいという気持ちを再確認できたというのはありました。
――バカみたいな質問ですけど、改めて、なぜ今音楽をやることがこんなに楽しいんでしょう?
深沼:そうだなあ……基本的に音楽は自分で歌ったり演奏するだけでも楽しいんですよ。長くやってきたことでスキルも上がっていると思うし。ただ、自分としてはやっぱり職業音楽家としての喜びがあって成り立っているという部分がありますね。たとえば、佐野さんや浅井さんのツアーではサポートの立場であって、その人を光らせてお客さんを楽しませることに徹する。プロデュース業だと、本人は自分の曲を良くしてほしい、メーカーの人は売れるものを作ってほしい、ファンの人の期待もある。いろんな要求に、より近い距離で接することが多くなった。そういう要求に応えられた実感は大きいと思います。
――バンドマンとしての自己表現とは違う満足感があった。
深沼:そうですね。自分のバンドをやって、売れた、売れなかっただけでは出会えなかったことがたくさんある。と同時に、純粋な音楽としての楽しさももちろんある。いろんな達成感と喜びがある、という感じですね。
――アルバムには片寄明人さん、西寺郷太さん、堀込泰行さんが参加されています。特に片寄さんと西寺さんとは共作のような形で制作した曲が収録されている。お二人とも世代は近いですよね。
深沼:近いですね。
――実は深沼さんと片寄さん、西寺さんのスタンスは共通していると思うんです。それぞれプロデューサーとしても、片寄明人さんはDAOKO、西寺郷太さんは吉田凛音と新世代女性ラッパーやシンガーのデビュー作を手掛けています。そして深沼さんはchayのアルバム「ハートクチュール」でプロデュースを手掛けた。
深沼:そうですね。去年は一年中chayのことをやっていました。
――その一方で、完全に裏方になったわけでもないですよね。片寄さんはGREAT3、西寺さんはNONA REEVESやソロの活動も活発になっている。同世代のクリエイターを見て、どういうところに共通点があるんでしょう。
深沼:やっぱり二人ともアーティストとしてすごいんですよ。クリエイターとしても才能がある。それに、郷太くんは小説を書いたり、みんないろんなことをやっているように見えるんですけれど、きっと意識はシンプルだと思うんですよね。音楽や、音楽を取り巻く文化そのものに対して、あふれんばかりの愛情がある。だから、いろんな場所でそれを使いたくなる。いろんな場所に飛び込んでいくし、そこで期待に応える才能を持っている。僕はエンジニア的なこともやるので、もう少し技術屋に近い感覚もあるんですけれど。
――アルバムの中では、片寄さん、西寺さん、堀込泰行さん、それぞれがボーカリストを務めています。これはどういう狙いで作っていったんでしょう?
深沼:僕としては、やっぱり彼らが光ってこそ成功なんです。たとえば「Memory Man」は今まで見てきた片寄くんのいい部分を脳内で必死に再生して、もうモノマネまでして作るというか(笑)。それは泰行くんも一緒で、「未完成」という曲は完全に泰行くんをイメージして作った。キリンジとしてやってきた時も今も、彼みたいな声は他にないですからね。そうやって曲を作って、うちのスタジオで彼らが歌う。そこで「ああ、良かった」って思うところを目指して作っている感じなんです。
――その人自身の魅力を引き出すという意味では、Mellowheadというソロプロジェクトでありながらも、プロデュース的な発想もある。
深沼:そう思って僕はやってるんだけど、面白いのは、歌詞を共作で書いていたりすると、彼らにしても上手く距離感をはかってMellowheadに合わせてくれるところがあるんです。たとえば郷太くんは「こういう感じの歌詞で、こういう歌い回しをするとMellowheadのハードボイルドな感じにすごい合うと思うんですよね」と言ったりする。そこで「ハードボイルドなんだ、俺って!」って気付く(笑)。片寄くんも「こういうところがMellowheadっぽいね」と言って、世界観を合わせてくれている。
――ハードボイルドというのは、確かにMellowheadの音楽性のキーワードかもしれませんね。洗練された無骨さというか、スタイリッシュだけどフレンドリーではない。
深沼:確かにそうなんですよ。サウンドはソフトなんだけれど、苦味がある。甘くなりきれない。自分でも「わかる、わかる」って思いました。さすが、言語化するのが上手いなって。