高橋芳朗が冗談伯爵とレコード談義

冗談伯爵が目指す“ソフト・ロック感覚”とは? 10枚のレコードとともに探る

左・前園直樹、右・新井俊也

 前園直樹と新井俊也による音楽ユニット・冗談伯爵が、2014年までに自主制作したCDシングル3タイトルを7インチアナログ化し、2015年1月より3ヶ月連続でリリースしている。冗談伯爵および前園直樹が率いるレーベル「LOVE SHOP RECORD」が、株式会社ヴィヴィド・サウンド・コーポレーションとライセンス契約を締結したことをきっかけに始動した今回のプロジェクト。『bird man/雨あがり』『LED/渚』『いつかどこかで/幽霊のバラード』の3作は、DJからの人気が高く、アナログ化を待望されていた。今回のインタビューでは、そんな彼らの音楽性がどのように育まれたのか、2人が影響を受けたレコード10枚を取り上げながら話を聞いた。聞き手は、音楽ジャーナリスト・ラジオパーソナリティの高橋芳朗氏。(編集部)

前園「僕ら2人のなかでは“ソフト・ロック”がキーワードになっている」

――冗談伯爵の楽曲を聴いていて、おふたりの背景にある音楽、どういうものを聴いてこういうセンスが育まれたのかがとても気になりまして。それで今回こういう形の取材をお願いした次第です。

前園直樹(以下、前園):実はウチら2人で作業するときって、何かレコードを聴くところから始まるんですよ。なので、今日は今回ピックアップしたのも含めてとりあえずレコードを持ってきました。(と、バッグから大量のレコードを取り出す)。こんな感じでレコードを並べて、3枚ぐらい聴いてから「じゃあやるか!」みたいな。

――この取材もまさにそんなノリで進めていけたらと思います。もう脱線大歓迎ですので!

前園:脱線は得意だよね(笑)。

新井俊也(以下、新井):うん、脱線しかしたことない(笑)。

01. The Avalanches『Since I Left You』(2000年)

 

――まずはサンプリング・コラージュの名盤ですね。

前園:別にフェニックスでもゴー!・チームでもよかったんですけど、過去の音楽的遺産を編集して好きなように組み立てて遊んでいる人たち、というところですかね。そのへんは素直に共感できるところがあるかな? そもそも僕らは自分たちのパーティを楽しむためだったり、友達に喜んでもらうための音楽を作る集団みたいな感じでスタートして。だから、アルバムをいきなり作ろう的なノリではなかったんですよ。新井くんとは7年前に僕も参加している小西康陽さんプロデュースのオムニバス(2008年リリース『うたとギター。ピアノ。ことば。~columbia*readymade サンプラー~』)をきっかけに出会って。彼は小西さんのスタジオでマニピュレーターをやっていたんですね。もちろん新井くんの活躍は『ルパン三世』のリミックス(2000年リリース“ルパン三世 '80 -'80 a fools paradise mix-”)などで前から知っていたし、世代的にもほとんど変わらなかったのですぐに意気投合して。

新井:僕が 1979年5月生まれ、前園くんが同じ年の1月生まれです。

前園:新井くんは群馬から都内へ車で通っていて。都内在住の僕が『うたとギター。…』の現場の時に送迎をお願いしちゃったんだよね(笑)。そのときに雑談をしつつ。

新井:こういうことができたらいいね、みたいな話はうっすらしていて。

前園:いつか何かやれたらいいね、ぐらいの感じだったのかな。それがすぐに冗談伯爵につながったというわけではないんですけど、ちょうどこのあと僕は小西さんとご一緒させてもらう機会がわりと多くなって……新井くんはどのぐらいから小西さんと仕事してたんだっけ?

新井:ちょこちょこお仕事はもらっていたんですけど、マニピュレーターとしてやり始めたのは07年ぐらいからですね。

――真っ先にアヴァランチーズが挙がってくるあたりに、おふたりのアーカイブに対するスタンスがよく表れていると思いました。

新井:結局古いレコードを集めるのが好きだし、そういうレコードでDJもしているから、その延長でアヴァランチーズがあるのかなって気がしますけどね。

前園:僕個人は日本の作編曲家のアーカイブの仕事に関わってきたこともあって、そこは自然と柔軟な感じになっていったというか……で、新井くんといよいよ具体的になんかやろうってなったのが11年ぐらい?

新井:ちょうど震災のあとぐらいに作り溜めていたデモがアヴァランチーズっぽいものだったんですよ。

前園:アヴァランチーズみたいな音楽に日本語を乗っけて、ちゃんと歌物として成立させることができたら面白いかもねって話はしてたんだよね。アヴァランチーズは広い意味でのソフト・ロックだよね、みたいな。そういう会話をするようになって、そこから具体的にいろいろ広がっていったような感じですね。

――アヴァランチーズはソフト・ロックみたいな60年代のポップスを引用しつつも、クラブ・プレイに耐え得るブレイクビーツ感があるのがいいですよね。

前園:僕らは互いにソングライティングもやるけどクラブの現場でDJもやるし、それに歌うシチュエーションも今までなぜかクラブが多かったんですよね。だから、そういう現場を常に見据えて音楽を作ってるところはあるかもしれません。

02. Gary McFarland & Peter Smith『Butterscotch Rum』(1971年)

 

前園:僕ら2人のなかでは“ソフト・ロック”がキーワードになっていて。僕らにとってはフェニックスやアヴァランチーズもソフト・ロックであれば、こういうアシッド感があるもの、アシッド・フォークだったりシンガー・ソングライターっぽいものにもソフト・ロックの感覚があったりして。それって結局アレンジの話になるんですけどね。

新井:アレンジとか、音の質感だね。

前園:録音の仕方とか。

新井:このレコードもそうですけど、絶対にいまとは違ったレコーディングの方式じゃないですか? そういうのにすごく憧れるというか。

――当時のレコーディング技術についてはかなり研究されたんですか?

新井:実は追求しているようでしていない(笑)。

前園:あくまで感覚的なところじゃないですかね。

新井:例えば当時はテープで録っていたからそういう音にしてみようとか、マイクは遠目に置いてみようとか。

前園:いまのところは、(機材で)シミュレーションできそうなところで探っていく感じだよね。誰かにエンジニアリングについて教わったりするわけではなくて。でも新井くんもクラブで遊んでいたのにこういうアルバムもちゃんと持って聴いていたりするから、特に何も説明することなく共感できたたし、話はすごく早かったですね。今回の7インチには入れなかったんですけど、一番最初に作った「city line」という曲はこのアルバムから直接インスパイアされていて。クラブで踊れるような曲ではないかもしれないけど、“ツボ“がわかる人、つまりレコードを集めている人なら喜ぶような音楽をすぐに共有できたので本当に話は早かったです。

――作業をするときはまずレコードを聴くことから始まると話していましたが、各曲にそれぞれ具体的にインスパイア源となるようなレコードが存在している感じなのでしょうか?

前園:わりとあるんですけど、挙げていったらキリがなくて。

新井:この曲の頭の部分みたいな感じをどこかに使おう、とか。

――アヴァランチーズじゃないですけど、まさにサンプリング・コラージュ的な。

新井:はい、サンプリング的ではありますね。

前園:僕がアイデアを投げたら新井くんがすぐに返してくれたり……逆も然りなんですけど、そういうキャッチボールが最初からスムーズにできたんですよ。僕がこのゲイリー・マクファーランドを出したら、すぐにジョン・ハートフォードの曲をYouTubeでかけて「このバンジョーの音をここに入れて……」みたいな。もちろんそれで失敗することもあるんですけどね(笑)。

新井:やってみたらダメだったっていうね(笑)。

――いろんなレコードを持ち寄って、その断片を編集していくような作業というか。

新井:それに近いところはありますね。

――お話を聞いてる限りではめちゃくちゃ楽しそうな作業ですね。

前園:ただ、過程が楽しいというのは、僕らにとってはもちろん重要なんだけど、もっとその先の部分というか……やっぱり仕上がっている楽曲がちゃんとみんなにウケるといいなって(笑)。

新井:結局はそこかもしれないね。

前園:わりと傷つきやすいから……「いいね!」がいくつ付くか気にしてみたりして(笑)。今回(作品をリリースするレーベルの)ヴィヴィドさんにお話を持っていったのもそういうところがあって、自分たちのなかだけで完結していいのであればいまなら盤を作る必要もないわけだし、従来通り流通に乗せたりせず、 ただ 自分たちで どんどん出していけばいいわけですけど、そうじゃない部分でもっと人とつながっていきたいですよね。

03. Paul Williams『Someday Man』(1970年)

 

――こちらもソフト・ロックの名盤ですね。ポール・ウィリアムスは最近だとダフト・パンクの『Random Access Memories』(2013年)にも参加していました。

前園:このアルバムじゃなくちゃいけない、というわけではないんですけどね。ここにあるソングライティングの良さと、アレンジの渋くてキレイな感じ……まさに自分たちが考えるソフト・ロックの良いお手本みたいなところがあって。その象徴としてたまたま選んだのがこれだったという感じですかね。

――やっぱりポール・ウィリアムスとロジャー・ニコルズがひとつの指標として君臨している感じになるんですかね。

前園:あんなに素晴らしいソングライター・コンビはいないですよね。これもロジャー・ニコールズの例のA&Mのアルバム(1968年リリース『Roger Nichols and The Small Circle of Friends』)でも別にいいんですけど、もっと渋さが欲しいというか……このジャケットの茶色感(笑)。

――ロジャー・ニコルズのアルバムはソフト・ロックのひとつのシンボルになっているようなところがありますけど、あれと比較するとポール・ウィリアムスのアルバムはちょっと存在的に渋いところがあるというか。

前園:でもロジャー・ニコルズは僕がやってるパーティーでもいまだによくかかるし、誰かが「Love So Fine」をかけたらすぐに別の「Love So Fine」を重ねていくみたいな(笑)。そういう意味ではネタっぽいところもあるしもう何周もしてるんですけど、あれは相当強いクラシックですよね。さすがにおっさん2人で「Love So Fine」で踊る勇気はないんですけど(笑)。

新井:すぐに疲れちゃうからね(笑)。

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