St. Vincent来日公演レポート USインディの鬼才が見せた前衛性と親しみやすさ

Photo by MASANORI NARUSE

 それは彼女の表現が、古今東西の音楽的遺産を渉猟し消化しつくしたうえで、最先端の場所で鳴らされているからだ。セイント・ヴィンセントは、神が気まぐれで産み落とした異才などではなく、人類の叡智を背に、然るべき手続きを踏んで最先端にたどり着いた知性の人なのだ。

 例えば彼女のギタープレイにはブルースの要素が折に触れて顔を出すし、シンセのフレーズは時にオリエンタルな香りが漂う。初期に見せていたフォーキーな佇まいと美しい旋律は、今でもひねりの効いたフレーズの間にまろび出る。
私たちはセイント・ヴィンセントがライブ会場に現出させるオルタナロックの最先端を全身で浴びながら、それでいて偉大なる音楽史をたどるタイムマシーンに乗っている気分にすらなる。結果的にそこには、時間も空間も超越した圧倒的な音世界が構築されているわけだが、この世界の主は、どう考えても知的な人物でなければ務まるはずがない。

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 ライブ終盤は、『St. Vincent』からの楽曲が怒涛のごとく展開された。ギタリストとして、何よりパフォーマーとして、セイント・ヴィンセントが圧倒的な存在であることを思い知る時間帯だ。

 加えて、トーコ・ヤスダの素晴らしいステージングにも触れておきたい。時にキーボード、時にギターを引っ提げ、ロボットダンスすら完璧に同期させるヤスダは、ツインフロントといっていいほどの存在であるが、これはセイント・ヴィンセントの信頼の証左であろう。ヤスダが日本人であることは偶然に過ぎないと思うが、二人のコラボを観ていると、チボ・マットやバッファロー・ドーターが才能を開花させたニューヨークの空気感が伝わってくるようだ。そして、アーティスティックな才能を引き寄せるニューヨークの磁場でいま一番輝いている存在が、誰あろうセイント・ヴィンセントなのだろう。

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 アンコールの最後、「Your Lips Are Red」では客席にダイブしたセイント・ヴィンセント。そのような大胆さを見せてもしかし、凛とした彼女の知性は際立つばかりであった。

 おそらく、このクラスのハコで彼女のパフォーマンスを見ることができるのはこれが最後になるだろう。それはグラミー受賞という外形的な要因も大きいが、彼女の純芸術的で知的な表現の磁場が驚くほどの広さと深さを兼ね備えており、濃密さはそのままに、より多くのオーディエンスとのコミュニケーションを要求するようになるからだ。

 芸術的達成と商業的成功の両方をなしえたアーティストとして、よくセイント・ヴィンセントとの比較で名の挙がるケイト・ブッシュを思い出しもするが、私はこの日、かつてのプリンスすら彷彿とする瞬間があった。

 今、ロックの最先端とセイント・ヴィンセントのキャリアは確実に同じ地点にマッピングされており、それが展開された来日公演であった。ここに居合わせた幸運に、この先長く感謝することになるだろう。

(文=佐藤恭介)

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