ニューアルバム『THE PIER』インタビュー

くるりの傑作『THE PIER』はいかにして誕生したか?「曲そのものが自分たちを引っ張っていってくれる」

 

「本当は、歌詞なんて何でもいいんですよ」(岸田)

――もう音楽ファンの間でも相当な話題になってますけど、あの「Liberty&Gravity」という曲、そしてこの『THE PIER』というアルバムは、くるりにとってここから先はもう後戻りできないくらいの、これまでとは違うフェイズに入った記念碑的な作品だと思うんですよ。ちょっと突飛な例かもしれないけど、マーヴィン・ゲイの『What’s Going On』的な意味で。

岸田:あぁあぁあぁ。

――それはくるりというバンドにとってもそうだし、リスナーにとってもそうだと思うんです。今でこそ完全なソウル・クラシックですけど、最初に「What’s Going On」を聴いた当時の黒人のリスナーって相当驚いたと思うんですよね。音作りもこれまでのソウルミュージックとは全然違ったし、これまでラブソングばかり歌ってた人が、いきなり「マザー」「ファーザー」「ブラザー」って直接呼びかけてくるし。

岸田:なるほど。

――もちろん「Liberty&Gravity」は「What’s Going On」のような明確な反戦歌ではないけれど、マーヴィン・ゲイがあの曲でブラザーの側にいることを示したように、くるりはこの曲で自分たちは民衆の側にいるということを歌の中で明確に示したように思うんですよね。

岸田:あのね、本当は、歌詞なんて何でもいいんですよ。嘉門達夫さんの「ハンバーガーショップ」みたいな歌詞でもいいし、全曲シャウトだけしてるアルバムでもいいって、僕は本気にそう思ってるんですけど。ただ、この「Liberty&Gravity」の歌詞を書いてる時、あと、「loveless」とか、近年だと「奇跡」の時もそうだったかな。そういう時に、その「民衆の側に立つ」っていう感覚が、実際に自分がそうなのかどうかは自分ではわからないけど、とてもリアリティのある感覚としてあったのは事実です。でも、普段自分が書くメロディだったり、自分の作るアレンジだったり、このバンドが出している音っていうのは、もっとパーソナルな表現との相性がよくて。言い方は悪いけど、ちょっとスノッブな音楽をやっているっていう自覚もあるから。そうすると、メッセージ性のある歌詞みたいなのはなかなかのりにくくて。でも、ウィーンで「Liberty&Gravity」をアコギで作った時は、酔っ払っていたっていうのもあるかもしれないけど、歌詞を適当に歌いながら作っていったら、意図したわけではないのにそっちの方にどんどん向かっていって。すごく自然な成り行きだったんですけど、自分としては驚きやった。もともとそういうことを歌うための曲だったのかもしれんなぁっていうのは、今話を聞いていて初めて思いました。

――「民衆の側にいる」という意味では、最近岸田くんはファド(ポルトガルの民族歌謡)とかを良く聴いてるじゃないですか。そういうのって、わりと音楽的なインスピレーションの一つとして語られがちですけど、実はそれと同じかそれ以上に、精神的なインスピレーションにもなってるのかなって思うんですよ。

岸田:ポルトガル、去年行ったんですよ。やっぱり行かないとわかんなくて。呼ばれてる感覚っていうと、頭おかしいと思われるかもしれないですけど、それは『ワルツを踊れ』の前に初めてウィーンに行った時もそうだったし。僕にとって旅行っていうのは、それは海外でも日本の国内でも同じなんですけど、自分の好きな音楽とか好きな雰囲気とかを確認するために行くっていうのがあって。それって、自分にとって曲を作ったりバンドでアレンジしたりすることとすごく似てるんです。漠然としたイメージとか、憧れとかを持っているものの手触りを、実際に確かめてみるというか。その時に初めて、想像していた情景が自分のものになるような感覚があって。

――それは、予想していたものとは違う結果になることが多いんですか?

岸田:予想通りの時もありますし、そうじゃない時もありますけど、記号的にとらえていたものに、色がついていく感じですね。その色をつける作業というのは、最近音楽を作っている時によく感じることで、この『THE PIER』というアルバムにはそういう経験が何層にもなってレイヤー状に入ってると思います。

――だから、例えば「遥かなるリスボン」という曲がファドから直接の音楽的な影響を受けているかって言ったらーー。

岸田:全然違いますよね(笑)。

――でも、ポルトガルで本物のファドを聴いている時の感覚みたいなものはそこにしっかりと入っていて。だから、「世界中のいろんなタイプの音楽が入ってます」っていうのとは根本的に違いますよね、このアルバムは。

佐藤:僕はね、日本人が日本語で歌ってる曲って、そのほとんどがフォークミュージックやと思うんですよ。ロックも歌謡曲も、40年くらい前から綿々と引き継がれてきた日本のフォークミュージックが進化した曲でしかないと思っていて。

――わかります。

佐藤:でも、2年前くらいからかな、繁くんが書く曲からは、あまりそういう感じを受けることがないんですよ。最初はギター一本の弾き語りだったりするから、フォーマットとしてはまさにフォークミュージックなんですけど、「どこの音楽?」って思うような曲ばかりで。どこの国か街か知らんけど、どこかのトラッドミュージックで、でもそれは日本じゃないっていうか。くるりの曲も、これまでの曲は「元を正せばフォークミュージックやな」って曲はいっぱいあるんですけど、今回のアルバムの曲はそうじゃないと感じる曲がほとんど。

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