新著『HOSONO百景』インタビュー(前編)

細野晴臣が語る“音楽の鉱脈”の探し方「大きな文化の固まりが地下に埋もれている」

「1940年代の音楽は洗練されていて、今の僕にも真似ができない」

――それが今になって、それ以前の音楽に惹かれるようになった。

細野:うんうん。まったく知らない音楽じゃなくて、とてもわかりやすい、知ってる音楽。聴いたことないけど、構造がほかと同じだし。サウンドも似てるし。でも知らない未知の部分が入ってる…という音楽が面白くてね。それを最近またライヴでやりだしたりしてるんですけど…。40年代の音楽について言うと、それは本当に知らない音楽だったんです。日本とアメリカが戦争をしてたんで、日本には一切入ってこなかった。そういう音楽を20年ぐらい前に聴きだして。こんなに面白い音楽があったんだって発見があった。

――何が面白かったんですか。

細野:洗練されてますね。30年代っていうのは非常にプリミティヴな音楽がいっぱい生まれた時代だったんです。ラグタイムとかブギとか、あるいはブルースとか、ジャズの初期のころとか。それが40年代に録音技術が、たぶん軍事技術から転用していったようなハイファイ技術とかね。そういう録音技術が向上したんですね。だから音が良くなったんです。音が良くなったし、演奏者のテクニックがモロに出てくるようなレコーディングになってきて。歌手もほんとにうまい人が出てきたわけですね。クルーナーっていう、マイクを使って歌う唱法ですね。シャウトしない。マイクがあるからこそできる。静かに歌う。そんな時代が40年代に始まって。洗練の度合いがかなり飛躍的に高まったんです。それは今の僕にも真似ができない。

――今となっては機材も揃わないし、録音技術も含め作り方もわからない、だから同じ音が出せない、ということですか。

細野:そういうことです。もちろんその時代の生活とか空気とか、そういうことも再現できないわけで。その中にさっき話に出た、歌詞の話もあるし。

――細野さんぐらいになると、だいたい巷に流れてる音楽がどうやって作られたか、構造まで一発でわかってしまうんじゃないかと思うんですけど(笑)。

細野:それはね、70年代以降ですね(笑)。途切れてるんですよ。ビートルズが変えちゃったということもあるんでしょうけど。専門的になっちゃいますけど、マルチ・レコーディングといって、音を一個一個録っていく時代になったんですね。トラックがいっぱいあって、16とか24とか。バラバラに録っていける時代になって、そこから音が変わっちゃったんですよ。僕たちはそういう時代に音楽をやり始めたんで、それが当然だと思ってやってたんですけど、今思えば、特殊な時代なんですね。今はマルチ・トラックって概念が崩壊してますから。ていうのは、デジタル・レコーダーで、好きなだけ録れるし、一発でも録れるし、どうにでもできるって時代になった。なんでもありになっちゃったんですね。

――トラックの制限がないし。

細野:ないし。逆にトラックのことを考えなくなっちゃったんですね。ある種、マルチ・トラックの時代が終わったと思うんですよ。だからこそ過去の音に惹かれて、これどうやって録ったんだろうなって好奇心が出てくるわけですね、今は。

――それはさきほどの、見過ごされているものにこそ価値がある、というお考えにも通じますね。

細野:そうですね。みんな、そこに興味持ってる人が少ないんで(笑)。少なくとも自分は持ってるんだから、やんなきゃなと(笑)思うわけですね。

――「ポップスの真髄は常に新鮮な驚きがなきゃいけない」と述べられてますね(51P)。

細野:あのね、8割方は新しくないんですよ。僕が中学校の頃に聴いてたヒット曲はアメリカ製が多いんですけど、8割方は、勝手知ったるパターンなんです。でも2割ぐらい、プラスアルファの未知の領域があって、これなんだろうって思わせるんです。それがね、子供を興奮に掻き立てる(笑)。頭で考えるより先にカラダが反応しちゃうんですね。ゾクゾクっとくるわけですよ。それがヒットの要因なんですね、実は。

――8割はよく知ってるものだけど、2割だけ新しいものが入っている。

細野:数字に特に意味はないけど、まあそういうことです。それがポップ・ミュージックの醍醐味なんですね。だからみんながまったく知らない音楽はダメなんです(笑)。

――まったく知らないのもダメだし、全部わかっちゃうのも面白くない。

細野:うん。今でいう「予定調和」とか言われるようなことになるんですよね。そういうものはやっぱり退屈なんです。その点、今の人たちは違う聴き方をしているような気がするね。 歌詞で反応したり。「共感」っていうことで聴いてるような気がしますね。

――それは私も感じるところですが、そういう傾向はいつごろから顕著になったんでしょうか。

細野:うーん…いつからだろう? 70年代のころからそういう兆候はありましたね。はっぴいえんどをやってるころは、ほんとうに次から次へと、さっき言ったような新しいものが出てきて。これどうやって作ったんだろう、みたいなことばかりですけど。そういうものが西海岸あたりからいっぱい出てきてね。それに強く影響されてやってきたんですけど。はっぴいえんどが終わったあとぐらいから、なんかこう…変わってきた。それを変えたのはイーグルズかな。『ホテル・カリフォルニア』あたりから。

――それはどういう意味でですか。

細野:うーん、新しくないな、ってことですね(笑)。完成度が高くて、綺麗で。わかりやすくて。その分、さっきの「2割」がないっていうか。

――マルチトラック・レコーディングの技術の粋を尽くした音作りという印象ですね。

細野:そうそう。洗練の極みですね。

――音楽のマジックというか、そういうものが、マルチトラックによってクリアになってしまった分、なくなってしまったと。

細野:ないですね。そこから先、ずっとないですね。うん。

――あ、ずっとないですか?

細野:まああの…「主流」はね。ふふふふ。

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