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風間俊介、TOKIO 城島茂に怒られた過去がある?「山Pと一緒にリーダーをボコボコにした」

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 風間俊介と高橋克実が4月26日オンエアの『TOKIOカケル』(フジテレビ系)にゲスト出演し、風間がジャニーズ入所当時のエピソードやジャニーズJr.時代に共演した城島茂との思い出を振り返った。

 1997年にジャニーズに入所し今年で20年目を迎える風間は、同年に少年隊の舞台へ出演したのが初めての仕事だったという。風間が「僕が初めてお金をもらったのは少年隊さんの『PLAYZONE’97 RHYTHM II』という作品」と明かすと、長瀬智也が「一番最初に(給料を)使ったでかい買い物は?」と質問。すると風間は教習所に通う費用に充てたと答え、「親から借りたお金ではなく、自分のお金で二十数万だったので大人になったと思った」と感慨深く振り返った。

 16歳の時に初めてTOKIOのライブにバックダンサーとして出演した風間は、その際の城島茂との思い出を語る。「初めてTOKIOのコンサートに出演した時、山P(山下智久)と一緒にリーダー(城島)をふざけてボコボコにするというくだりがあって、その時にリーダーは思い切りやっていいからな、と言ってくれたんです」と語り、続けて「(本番で)ボンボン殴ったら、その後わざわざ楽屋に来てくれて。あれはフリでいいんだ、と言われました」と微笑ましいエピソードを披露した。

 風間はターニングポイントである『3年B組金八先生』(TBS系)への出演以来、ドラマ出演の本数が増え21歳で踊らなくなったという。城島は「ジャニーズJr.はバックダンサーをやらなかったら仕事がない」と説明し、「どうやったら踊りを放棄できるの?」と風間に質問。風間は「ドラマの撮影の時はバックダンサーを抜けて仕事に行っていて、戻ってきたら場所がなかった」と明かした。

 また、風間は生田斗真、山下智久、長谷川潤の4人でFOUR TOPSというユニットを一時期組んでいたと語る。「社長にこのメンツでデビューすることはない。お前らはそれぞれのところで頑張るからFOUR TOPSと、言われました」と、ソロで活躍する4人の意外な事実を語った。

      

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