さまざまな“AI格差”が明らかに? 国連が発表したAI関連の報告書を解説
2026年7月1日、国連はAIの最新動向とリスクをまとめた「AIに関する独立国際科学パネル暫定報告書」を公開した(※1)。この報告書は、世界の著名な科学者や専門家で構成される「AIに関する独立国際科学パネル」が、いかなる政府や機関からも独立した立場から作成したものだ。
以上の報告書の作成に参加した、日本におけるAI研究の第一人者である松尾豊東京大学教授の研究室は2026年8月20日、同報告書の日本語版(非公式訳)を公開している(※2)。
本稿では同報告書の要点を再構成することで、急激に進化するAIの現状と、その進化によって生じる“AI格差”を「研究開発」「経済」そして「文化とメンタルヘルス」という3つの観点から明らかにしていく。
想定を上回るAIの進化と、少数が多数に影響を及ぼす“AI格差”
全4章から構成される同報告書の第2章は、AIの現状をエビデンス(証拠)にもとづきながら概観している。はじめに言及されるのが、AIの急激な進化である。以下のグラフは、AIの性能を評価するベンチマークのスコアの推移を表している。
Humanity's Last Examをはじめとする3つのベンチマークは、いずれもAIが容易に解けないと考えられる問題を集めたものである。しかしながら、各ベンチマークのスコアは、想定を上回るスピードで上昇している。この結果は、AIの進化にベンチマーク側が追い付いていないことを示している。
AIの進化に伴う影響は不均一に広がっているため、さまざまな局面でAIから得られるメリットに差が出る“AI格差”が生じている。そうした格差のうち、代表的なものは、以下の通り。
- AI開発の格差:AI格差の発生源である、ChatGPTをはじめとするAIモデルの開発環境に大きな偏りがある。たとえばAIモデル開発に必要なAIチップは、NVIDIAをはじめとする少数の企業でシェアの60%以上を占めている。また、最新AIモデルの多くは、アメリカと中国の機関が開発している。
- 言語間の格差:世界には7,000を超える言語が存在するが、AIの恩恵を得ているのは、そのごく一部に過ぎない。
- 経済安全保障の格差:少数の国における少数の機関が開発したAIモデルの利用は、経済活動の基盤を他国に依存するリスクを伴う。こうしたリスクが顕在化した事例として、Anthropicが公開したClaude Fable 5およびMythos 5が、アメリカ政府の命令によって一時提供停止となったことで生じた混乱が挙げられるだろう(※3)。
今後大きな影響を及ぼす動向としては、AIエージェントの台頭が挙げられる。自律的にタスクを遂行するこれらのAIは、AI開発現場における大きな変化を引き起こしている。具体的には、AI開発者は、新規のプログラミングの75%をAIエージェントによって生成している。この事態は、“AIによるAIの開発”というAIの「自己改善ループ」の実現に近づきつつあることを示唆している。
その一方でAIエージェントの普及は、“AIの暴走”というSFで語られてきたリスクを高める。そうしたリスクが現実化した事例には、1,200個のOpenAI製AIエージェントが非公式の掲示板を通じて互いに連絡を取り合い、そのうちの700個がサイバー攻撃を実行した事件が挙げられる(※4)。
資本の集中が進むAI研究開発と、新たな技術の台頭
同報告書の第3章では、各分野におけるAI格差が掘り下げられている。「3.1 AIの科学、進歩、軌跡」では、AI研究開発におけるAI格差と今後の動向を論じている。この分野におけるAI格差は、「ハイパースケーラー」と呼ばれる巨大AIデータセンターへの投資に表れている。
ハイパースケーラーへの投資は、ChatGPT登場後の2023年以降急速に増えて、2026年には2023年の約5倍に相当する7,700億USドルに達すると見込まれている(以下の画像右側のグラフ参照)。こうした投資は、AmazonやGoogleをはじめとするアメリカの少数のIT企業によって行われており、同国がAI計算能力の75%近くを提供している。
AI格差は、AI企業の収益にも表れている。AI企業のうち、ChatGPTを提供するOpenAIとClaudeを提供するAnthropicは、競合他社を大きく凌駕する収益を上げている。上の画像右側のグラフのように、この2社の収益推移は文字通り指数関数的な上昇を見せている。
前述のAIエージェントに並ぶ最新技術動向として、「世界モデル」研究の進展がある。世界モデルとは、環境との相互作用を通じて学習を遂行することで、起こりうる未来を内的にシミュレートできるAIである。このモデルは既存モデルより能動的なので、AIエージェントとの相性がよい技術である。
以上のような技術動向をふまえると、AIの未来は以下のように予想される。
- 短期:より大規模な基盤モデルの登場、AIエージェントの普及
- 中期:世界モデルやオーケストレーションされたAIエージェントシステムの台頭、AIとロボティクスの統合
- 長期:自己改善するAIエージェント、量子コンピューティングなどのほかの先端技術との融合