なぜ東村アキコ作品は“今”を生きる人々の心を救うのか? 最新作『バカンスの法則』が描く“人生のデトックス”
『海月姫』『東京タラレバ娘』『かくかくしかじか』などで知られる少女漫画界の巨匠・東村アキコが、自身初となる連続ドラマの原作・脚本・監督を務めた注目のドラマ『バカンスの法則』が7月27日から配信をスタートした。1話15分・週3回配信という非常にテンポの早いショートフォーマットで描かれており、ABEMAでの国内配信にとどまらず、Netflixでも世界配信が行われ、大きな話題を呼んでいる。
本作の主人公は、勤めていた美容クリニックの突然の営業停止によって、一瞬にして無職となった星野緑(橋本環奈)。そんな緑は、売れない役者の兄・紺太(勝地涼)と、亡き祖母(松坂慶子)が残した海辺の別荘でひと夏を過ごすことになる。そこで出会ったのが、ミステリアスな管理人・西上(チェ・ジョンヒョプ)。そして第1話では、西上の正体が、この地域を監視する「死神」だという衝撃の事実が明らかに。西上は、冥界の上司である黄泉様(声:七海ひろき)から「1か月後に大型台風の土砂崩れでこの地域の住民が全員亡くなる」と告げられ、その運命を見届けるために滞在していたのだった……。
突然、無職になった緑がバカンスを通じて自分自身を見つめ直すストーリーは、東村の真骨頂。「心のデトックス」の大切さを丁寧に描きながら、そこに「死神」という“人生の終わり”を象徴する存在を置き、何気なく過ごしている日々に限りがあることを際立たせる設定の巧みさはお見事だ。
これまで数々のヒット作を世に送り出してきた東村だが、その作品に共通しているのは、「ありのままの自分を受け入れる」というメッセージではないだろうか。
社会的なムーブメントを起こした『海月姫』では、クラゲを愛するオタク女子たちが集まる男子禁制のアパート「天水館」を舞台に、それぞれが抱える強い偏愛やコンプレックス、思い込みと向き合う日々が描かれた。世間が決めた「普通」に息苦しさを感じている読者にとって、彼女たちの姿は「自分を好きになる」きっかけとなったはずだ。
『東京タラレバ娘』は、30代を迎えた女性たちが直面する仕事や恋の“リアルな壁”にスポットを当て、理想と現実の間でもがきながら、「ああしていタラ」「あのときこうしていレバ」と後悔を重ねる姿を赤裸々に切り取っている。タラレバ思考に陥っている人に安易な気休めを与えるのではなく、現実を直視させたうえで“矯正”してくれるような、辛口ながらもクセになる面白さが魅力だ。
自伝的作品として高い評価を得ている『かくかくしかじか』では、主人公の美大受験からプロの漫画家になるまでの道のりと、恩師である絵画教室の日高先生との過酷で切ない関係性が話題に。ただひたすら「描け」と求める先生の指導に食らいつき、自分の甘さと逃げずに向き合うヒロインの姿は、創作活動にかかわる人だけでなく、人生に少し疲れ、自分を誤魔化しながら生きているすべての人々の心に深く突き刺さる。
他にも、婚活に疲れたアラサー女性がついた一つの「小さな嘘」から始まる不器用な恋を描いた『偽装不倫』、容姿に恵まれすぎたヒロインの災難と葛藤をシュールな笑いで描いた『主に泣いています』、育児の本音を爆笑のギャグに昇華させた『ママはテンパリスト』、宮崎の地元愛と家族の人間模様を描いた『ひまわりっ ~健一レジェンド~』など、不器用な人々をそのまま受け止め、笑いに変えながら寄り添うスタンスが変わることはない。
各作品に込められた“大人への処方箋”は、日々に追われて余裕をなくした読者の心をすっと軽やかにし、再び歩き出すための力を与えてくれる。だからこそ東村作品は、世代を超えて“今”を生きる多くの人々から愛され続けているのだろう。その精神は『バカンスの法則』にも息づく。
また、東村作品ならではの強烈な個性を放つキャラクターの魅力は、主人公の緑や西上だけでなく、別荘を取り巻く面々にもたっぷり詰まっている。緑の大学時代の親友で、おしゃれで恋愛強者のりんりん(山下美月)や、ツッコミ気質で占い好きなサブカル女子の紬(加納愛子)、紺太の友人で寡黙ながらもアウトドアに精通した哲郎(桜田通)。さらに、不倫スキャンダルから別荘に逃げ込んできた大御所俳優の一条仁(板尾創路)など、いずれも一癖ありながらどこか憎めない面々ばかりだ。
それぞれにちょっとした“イタさ”や生きづらさを抱えた彼らが、海辺のゆるやかな時間の中で時にぶつかり、時に笑い合う姿は、見ていてどこかホッとする。「ひと夏のデトックス・ロマンス」を描いた本作は、頑張りすぎる大人たちに肩の力を抜くきっかけをくれるはずだ。