音楽は「公共サービス」になったのか? Apple Musicキーパーソンと気鋭ビートメイカー/プロデューサーが語る、ストリーミング時代に変化した音楽体験と価値

 誰もが数千万曲に一瞬でアクセスできるようになった現代。音楽を聴く環境が激変したこの20年で、私たちは何を得て、何を失ったのだろうか。

 今回、Apple MusicのCo-Headを務めるレイチェル・ニューマン氏と、Apple Music Radioなどへの出演を通じ、日本の新世代カルチャーを世界に発信して国内外から注目を集める気鋭のビートメイカー/プロデューサーであるSTUTS氏による対談が実現した。 

 ストリーミング、空間オーディオ、そして生成AI――テクノロジーの進化が音楽の「個人的な体験」と「共有の文化」をどう変えるのか。グローバルと日本市場のリアルな最前線から、音楽の未来を読み解く。 (中川真知子) 

ストリーミングが音楽にもたらした成果と代謝

――この20年で音楽を取り巻く環境は激変しました。お二人は、音楽を聴く体験は豊かになったと思いますか? また、私たちが便利さと引き換えに「失ったもの」は何でしょうか。

STUTS: 得たものは本当に大きいですね。今まではCDを買ったりレンタルしたりしなければ聴けなかったものが、今は検索してタップすればすぐに聴ける。誰しもが、どの曲にでもアクセスできる状況というのは、本当にすごいことです。 

 一方、もし失ったものがあるとしたら、やっぱり「購入体験」でしょうか。昔のように、買ったCDのアルバムだけをたくさん聴き込むような、あの濃密な体験はしにくくなったかもしれません。 

レイチェル: 消費者の視点から見れば、わずかな料金で欲しい音楽をいつでも手に入れられるストリーミングは、本当に驚異的で素晴らしいものです。 

 しかし、それによって失われたものもあります。ストリーミングはすべてを簡略化し、音楽をある種「公共サービス」のようにしてしまいました。BGMとして聞き流すカジュアルなファンにとっては最高ですが、音楽ともっと深く関わりたいファンにとっては、現在のプラットフォームは物足りない部分がある。つまり、音楽が流通していく環境の中で、ファンが“ファンとして”熱量を持って関わっていく機会が奪われてしまったと感じています。 

――パッケージからデータへ移行したことで、ファンとの関わり方が変わったのですね。

レイチェル: ええ。ただ、日本市場はその影響がかなり少ない方ですよ。日本には今でもCDを購入できる素晴らしい市場が残っています。アナログ盤のレコードの再評価の動きもありますし、非常にユニークな市場です。 しかし、世界に目を向けると、パッケージビジネスは壊滅状態にあります。

 だからこそ、Apple Musicではストリーミングの中に「立体的な深み」を持たせる方法を常に模索しています。ラジオステーションを組み込んだり、リスナーを新しい音楽の発見へ導くキュレーター に投資したり、本物の音楽ジャーナリストをライターとして起用して音楽にコンテキストを持たせようとしているのはそのためです。 

イヤホン社会は「孤立」か、それとも「自由」か

――現代は誰もがイヤホンをつけ、パーソナルな空間で音楽を聴いています。かつてのように家や車、友人の輪の中で音楽を自然に共有する機会が減り、音楽体験が個人化しているという指摘についてはどう思われますか?

STUTS: 僕は逆に、それは面白い変化だとポジティブに捉えています。一人一人の趣味がパーソナライズされ、マスメディアのような「何か大きいもの」に支配されづらくなった。一人一人が自分らしくいられる、より自由な時代になったと感じるんです。 

 それに、技術の進化のおかげで、アーティストが本来届けたかった緻密な音像をダイレクトに個人の耳へ届けられる強みもあります。僕自身、自分でミックスをするときは、AirPods Proでのチェックを欠かしません。

 音質がフラットな小さいコンポや安価なイヤホンで聞くよりも、アーティストが本来伝えたかった音像をユーザーに届けることができるイヤホンだと感じているからです。アーティストが目指す高いクオリティの音を、イヤホンによってはダイレクトにみんなが楽しめる。これは、今までになかった良い状況です。 

レイチェル: 音楽が共有されなくなったという点については、私は少し違う意見を持っています。確かにみんなイヤホンをしていますが、かつてミックステープを作って友達に貸し借りした文化は、現代の”プレイリスト“というエコシステムの中にしっかりと生きていると思うのです。これほど手軽に共有できるようになったからこそ、むしろ昔よりも、自分の大好きな音楽を友達とシェアしている人は増えているのではないでしょうか。 

 最近ではAIのプロンプト機能でプレイリスト作成(日本未対応)がさらに簡単になっていますし、車内でも「CarPlay」を使ってQRコードからみんなで1つのプレイリストに曲を追加していくことができる。音楽の共有を促すテクノロジーは、かつてない規模で発展しています。共有は音楽を愛する上での不可欠な要素ですし、それは今も形を変えて生き続けています。 

STUTS: 確かにそうですね。音楽を共有することは昔とは別の形でしやすくなってるような気がします。

レイチェル: でも、あなたがさっきサラッと入れたAirPods Proの話も本当に素晴らしいと思いました。さっき言及してくれたのは、「空間オーディオ」のことですね。モノラルからステレオへの進化以来、最大の飛躍と言えるほどの完全に没入できる美しいリスニング体験ができる機能で、私たちとしても誇りに思っているのです。

 Appleのイヤホンのこれ以上ない良い宣伝をしてくれたから、いっそ私たちのチームで働かない?(笑)。

STUTS: ありがとうございます(笑)。

J-POPのグローバル進出と、音に宿る「日本らしさ」

レイチェル・ニューマン氏、STUTS

――近年、国境や言語を越えて音楽が聴かれる「ボーダーレス化」が進んでいます。この変化をどう見ていますか?

レイチェル: 音楽コミュニティがこれほど流動的になった時代はありません。少し前まではグローバルなヒット曲といえば米英からしか生まれませんでしたが、今は世界のどこからでもヒットが生まれる。もはや「言語」は問題ではなく、大切なのは感情で響き合うことです。特に日本や韓国(K-POP)は、現代のポップミュージックのまさに中心地だと感じています。 

――日本独自のデータでも、その傾向は顕著なのでしょうか。

レイチェル: ええ、Apple Musicのデータを見ても、日本語の楽曲の海外再生数は驚異的な伸びを示しています。昨年の6月時点のデータと比較すると、北米(アメリカ)が対前年度で20%増、フランスが33%増、メキシコにいたっては59%、インドネシアに至っては68%も増加しており、音楽がますますボーダーレスになっているのを感じます。 

 ストリーミングによって世界中で手軽に聴けるようになったことも大きいですが、Apple Musicが世界各国で展開している「歌詞の翻訳機能」や、他言語の楽曲でも現地の発音に沿って表示される機能、ボーカルの音量を下げて家族や友人と一緒に歌える「Apple Music Sing」のような機能が実装されたことも大きな要因です。

 こうした言語の壁を越えて一緒に歌えるようなインタラクティブな機能が、日本語の楽曲がそのままの言語で世界中の方に楽しまれるハードルを大きく下げているのだと思います。

STUTS: 僕自身、あまり国境を意識せずにいろんな人に音楽が届いたらいいなと思って作ってきたので、そうやってデータとして海外で聴かれているのを実感できるのは本当に嬉しいですね。

――では音楽がボーダーレスに広がっていく一方で、STUTSさんは、あえて「日本らしさ」や「ローカルな強み」といったものを意識されることはあるのでしょうか。

STUTS: それが、自分自身ではまったく「日本らしさ」なんて意識していなかったんです。

 でも以前、海外のビートメーカーと共演した時に、僕の海外のラッパーさんと作った楽曲を聴いて「君のビートには日本の感覚があるね」と言われたことがありました。また、全編英語で海外のシンガーさんとコラボした曲を作ったとき、それをラジオで聴いた小沢健二さんが「これは絶対に日本人の音だ」と一聴して気づいてくださったそうなんです。

 自分では無意識だったのですが、日本に生まれ育った以上、音のディテールへのこだわりや、そういったローカル性みたいなものは、自分が思っているよりも全然あるんだなと、その時に深く印象に残りました。

海の底へ沈むAI音楽と、残り続ける「心への影響」

――現代のもう一つの大きな変化がAIです。AIやアルゴリズムが進化していく中で、これからの音楽はどう変わっていくと思いますか?

STUTS: 現時点では、僕はAIを敵だとはあまり思っていません。むしろ自分が表現したいものを助けてくれるツールとして使えるようなものなのかなと思っています。

 ただ、テクノロジーがどんなに進化しても、結局は「人がプロンプトを入力して作ったもの」なのかなと思ってまして、人間が作ったものを、聴いた人間がどう感じるかという本質は、あまり変わらないんじゃないかなと思います。 

――レイチェルさんはどうですか?

レイチェル:これは難しい質問ね!

 でも、私も彼の意見に完全に同感です。多くのアーティストがすでにクリエイティブを強化するためにAIを使っています。ただ、現在、プロンプトを入力しただけで、残りのすべてを生成AIが作ったというような純粋な「AI生成音楽」も毎月・毎週のように凄まじい量が世の中に送り出されています。 

 しかし、非常にシビアな現実として、それらは実質的に誰にも聴かれていません。 

 毎週のように新しいAI音楽がリリースされていますが、誰の耳にも触れることなく、まるで海の底へと沈んでいくような状態です。今後、状況は変わるかもしれませんが、現時点において人々が本当に心を響かせ、共感し合っているのは、やはり「人間が作った音楽」なのです。 

――どれほど技術が進化しても、変わらない音楽のコアがあると。

レイチェル: その通りです。「音楽がいかに人の心に影響を与えるか」という点だけは、絶対に変わりません。音楽は一瞬にして人の気分を変え、元気づけることも、特定の感情に寄り添うこともできる。あなたが音楽をどう使い、どう感じるか。その相互作用だけは、これから先、どんなテクノロジーが登場しようとも永遠に変わることはないでしょう。 

STUTS: これから先、テクノロジーがどう進化していくかは分からないですし、もしかしたら僕たちの想像を超えたスピードで変わっていくのかもしれません。でも、こうやって世界中で聴かれる環境が整っていくなかでも、やっぱりレイチェルさんがおっしゃったように、「人と人」が音楽を通じてどう繋がっていくか、という部分に尽きるんだと思います。

 結局は「人間が作ったもの」を媒介にしたコミュニケーション。その本質だけは、これからも変わらないと信じて、僕も音楽を作り続けていきたいなと改めて思いました。

Siri AIへの大刷新とティム・クックの“ラストメッセージ” 『WWDC26』から読み解くAppleの「明確な戦略」

6月9日未明に開催されたAppleの年次開発者会議『WWDC26』の基調講演で発表された内容を総括しつつ、Appleが見据える今…

関連記事