【ゲームと食事】『モンハン』から『フォールアウト』まで、世界観に深く関わる「食べ物」の話
今回から、編集部より毎回別のお題をもらいつつ「ゲームと〇〇」というテーマで原稿を書くことになった。一発目は「ゲームと食事」である。食事をメイン要素に据えたゲームというのは多くないが、実は「ゲーム内でプレイヤーが何を食べられるのか」は作品世界の骨格に関わる存在なのである。
オープンワールドと「食事」の好相性
一般に、アクションゲームにおいては、「食事」は「回復」と結びついているように思う。なにしろ、「腹が減っては戦ができぬ」というのは誰もが知るところだし、空腹=体力低下というのは感覚的にも納得しやすい。そして大事なのは、ストレートに包帯や抗生物質を出すことができないゲームもたくさんあるという点だ。ファンタジックな世界観のあるアクションRPGなのに、回復アイテムだけが現在の医療機関っぽかったらガッカリだ。だからどんなに効き目があるとしても、『モンスターハンター』に処方箋や抗生物質が出てくるわけにはいかない。しかしどのような世界観のゲームだろうと、生物が出てくる以上はメシを食う。「食事=回復」という図式は、「医療行為=回復」よりもフォローしている世界観の幅が広いのだ。
食事によってHPが回復するという要素は、オープンワールドゲームと相性がいい。広大なフィールドに食材となる様々な素材が散っており、それを集めてくる作業があり、そして集めた素材を使って料理を作成するというプロセスを自然に挟むことができる。集めてくる食材によって作れる料理が変化し、それによって体力の回復の幅や得られる効果も変化し……という形で、ゲームの中に自然に「食事と回復」を入れ込むことができる。食材の種類や調理方法、はたまた「そもそも料理ができるのか否か」という点によって、ゲーム内の世界観も表現することも可能だ。オープンワールドゲームにとって、食事要素はあればあるだけ奥行きが増す要素なのである。ただ、こういったゲームにおいて大抵プレイヤーはそのまま作った料理を持ち運ぶことになり、そのたびに「汁物とかはよっぽど注意して運ばないとビッチャビチャになるんじゃないのか」とうっすら思うのだが、それはまあ、いいでしょう。
「フォールアウト」シリーズに見るアメリカの野外調理文化
食事が印象的だったオープンワールドゲームといえば、まず『フォールアウト』シリーズである。このゲームでプレイヤーが旅するのは荒廃した核戦争後の世界であり、生きるためにはひとまずその場にあるものを食べるしかない。『マッドマックス2』でマックスが「Dinki-Di」をムシャムシャ食ってたアレを、ゲームの中で追体験できるのである。ゲームの中でプレイヤーは、放射能によってでっかくなったハエやらゴキブリ、頭がふたつ生えてる牛やマイアラークやデスクローを撃ち殺し、容赦無く肉を剥ぎ取っては拠点に持ち帰る。そのまま食っても大して体力は回復しないが、コンクリートブロックとその辺の鉄材と鍋でできたクッキングステーションを使えば、得体の知れない謎の肉を焼いたり煮たりして食うことができる。そして、食えばレイダーと戦って負傷した傷も癒えるわけである。
『フォールアウト4』の料理パートにおいて、絶妙だと思うのが料理の名称だ。主な食事メニューはスープとローストに分かれていて、ローストの項目では「ゲータークローステーキ」とか「ドッグ・チョップ」とか「ヤオ・グアイのロースト」などのメニューが並ぶ。まず、スープとローストにメニューが分かれているのが、いかにもアメリカの食文化という感じでシブい。ロースト系メニューについていえば、要は核戦争後の謎の生物をバラして焼いたものなのだが、字面だけをみるとなんだかそこそこ客単価のかかるステーキハウスのメニューみたいである。肉を焼いた料理にこれだけの種類が存在することからは、なんとなく舞台となったアメリカの分厚い肉料理文化を感じさせるところもある。そう思って見れば、粗末なクッキングステーションの構成も伝統的なバーベキューピットに見えてくるではないか。『フォールアウト』の料理は、アメリカの野外調理文化や肉料理の歴史を背負っているのだ。
徹底して人工的な『サイバーパンク2077』の料理
それとは全然別方向、そもそもプレイヤーが全然料理をしないオープンワールドゲームが『サイバーパンク2077』である。食材の内容はともかくワイルドなアウトドア料理の趣があった『フォールアウト』に比べると、『サイバーパンク2077』の食事メニューは徹底して人工的。このゲームの世界ではそもそも環境汚染や動物の感染症でまともな食料が量産できなくなっており、ゲームの舞台となるナイトシティの住民が食べるものといえばほぼ全てが代用食で、本物の食材を口にできるのは富裕層のみなのだ。食用タンパク質の原料は虫で、広大なプロテインファームで育てた虫をすりつぶしたものに大量の着色料と調味料を加えることで「肉」ができている……というのが、2077年のナイトシティの食糧事情だ。無論、他の食材にしても似たり寄ったりな感じである。
ただ、こういったジャンクフードでよければ、ナイトシティには大量に溢れている。そこらじゅうに食品の自販機があるし、市街地であればどこにでも食べ物を売っている屋台やダイナーがある。アメリカ映画でよく見る箱に入った中華料理とか、寿司や焼き鳥、ラーメンのような日本料理とか、ブリトーやらタコスといったテックスメックス系の料理とか、食べ物の選択肢は広い。ゲームの中では落ちてるものを拾い食いすることもできる。が、他のオープンワールドゲームのように「食材を集めてきて、組み合わせて何か料理を作る」ということだけはできない。なんせ天然の食材がどこにもないのである。
ということで、『サイバーパンク2077』においては、主人公のVは自分で料理を作ることができない。この「自分で食材を集めて料理を作ることができない」という点は、『サイバーパンク2077』のプレイ中に感じるなんともいえない閉塞感につながっている。場所を選ばず大量の広告が流れ、自宅の中にすら自販機が置かれ、市民のあらゆる行動が大企業の製品を消費することにつながっているというのが、『サイバーパンク2077』の世界観だ。「企業活動が極限まで進化し、メガコーポが国家を超えるレベルの力を持っている」という世界においては、人間全員が必要とする「食事」は企業にとって巨大な収益を見込める市場なのである。「プレイヤーが好きに料理を作ることができない」という近年のオープンワールドゲームでは珍しい特徴によって、生活全てに及ぶ巨大企業の支配を描いたのが『サイバーパンク2077』なのだ。核戦争後のアメリカでそこら辺にいる謎の生き物を食いまくれる『フォールアウト』とは、全く方向性が逆なのである。
ゲームの世界観を映し出す「食事」の数々
今回書いたのはいささか極端な例ではあるけれど、「ゲーム内で何を食えるのか」はゲームの世界観の根幹に関わる問題なのがお分かりいただけただろうか。本当はブレワイ以降の『ゼルダの伝説』の食事メニューの行儀の良さから見えてくる「現在の任天堂が考える"万人にウケるゲーム"像」とか、食事それ自体が生存と直結しまくっていた『メタルギアソリッド3』とか、「食べすぎると吐くし太る」という機能が衝撃的だった『グランド・セフト・オート サンアンドレアス』についても書きたかったけど、そこまでやるとクドいことになりそうなので、それは原稿を別にしたい。とにかく、ゲーム内の食事は奥が深いのである。