モノに溢れる現代だからこそ音で“本物”を追求したい 『Dreams of Another』ディレクター・Baiyonが描く“創造”のTPS体験
静かに滲み出す、不思議な世界観と音楽。
Q-Gamesの最新作『Dreams of Another』は、そのサウンドと映像が溶け合うようにプレイヤーの感覚を揺さぶる作品だ。銃撃によって人が傷つけられるのではなく、世界が構築されていくユニークなTPSである。
本作を手掛けたのは、Q-Gamesのクリエイティブディレクターであり、マルチメディアアーティストのBaiyon氏。その創作の裏にある哲学と遊び心について話を聞いた。(各務都心)
モノに溢れている現代からこそ“本物”であることを追求したい
――音楽が印象的な作品でした。本作の音楽を作るうえで意識したことについて教えてください。
Baiyon:僕は元々は主に音楽を作っていた人間で、自分の音楽をどう楽しんでもらえるかということを考えてきて、結果として今ここにいるという感覚なんです。
そのうえで、本作について考えると、やはり大きいのは「夢」というテーマです。それで最初に浮かんだのは、ミュージシャンとして矛盾するようですが、楽曲を完成させすぎないということだったんですよ。
特に実験的な音楽を作っていると、明確な終わりが客観的に存在しないので、ある意味で僕が「終わり」と言えば終わりじゃないですか。たとえば、音楽にはブレイクっていう一度キックが抜けたあとにバーッと音が変化して、またリズムが戻ってきて...…みたいな盛り上げる展開というものがあるのですが、ああいうものは作り込めば作り込むほど、完成度が上がっていきます。そして、同時に作者の意図が明確になってくる側面があります。今回は曖昧で流動的な夢がテーマだったので、そういう部分を作り込みすぎない、という部分を意識して制作を始めました。かと言って、それは決して早く出来上がるという意味ではないですから、ミュージシャンとしては、なかなかチャレンジではあったかな。
それに、ユーザーの解釈の領域を広げるために、あえて夢のように不安定で、曖昧で、それでいて流れるような感じというのは意識しましたね。そういった感じで作っていきました。
――フィールドレコーディングもされていたようですけど、どういう発見がありましたか?
Baiyon:フィールドレコーディング自体は前からずっとやっていたんです。たとえば、ゲーム内にマンホールがいたじゃないですか(注:ゲーム内では“マンホールのふた”のアウラが動き、建物などを抽象化したりする)。そのシーンのBGMって、僕が夜中に道で、韓国の金属製のお箸をスティック代わりにしてドラムみたいにマンホールを叩いて音を録ったんです。その音をベースにして楽曲を作りました。
自動販売機のシーンの曲も僕がガチャガチャと自動販売機をいじって録っていたり、自分の子供の頃の記憶をインスピレーションとした川のシーンのために、数時間かけて昔よく行っていた川まで行って、水の音とか、落ちている石を擦り合わせたりして音を録音しました。
――録音のためにわざわざ思い出の川に行ったんですね。
Baiyon:そうなんです。というのも、今ってモノに溢れてるじゃないですか。特に予算や、スケジュールなど制約の多いゲームでは「本物であること」はなかなか難しくて見過ごされがちですけど、コンテンツを豊かな体験にするためにとても重要だと自分は思っていまして。だから真摯に向き合いたくて、可能な限り自分にとっての本物を使おうとしています。
――本物というのは、実在する物を叩いたりしてレコーディングするということですか。
Baiyon:ええ、そうです。ちょっと一例を挙げると、僕が誰か他人と一緒に実家に行くとするじゃないですか。で、ふたりで実家のドアを開け閉めする音を録音する。もちろん僕は子どもの頃から何万回と開け閉めしているわけですが、一方で他人は初めてなので、そこで鳴る音は違うと思うんですよ。意味やコンテクスト、内包するエネルギーみたいなものが絶対違う。そう信じたい。
それって正直、聞き取れる差ではないと思いますが、そういった違いを制作プロセスに取り入れたり、追求すること込みで音楽だよな……ということをずっと考えているんです。
そんなことを商業的なゲームという媒体でやるので、より厳しいんですよね。制作においてなかなかそんな時間はないですし、川の水の音なんてどこでもサンプルを買えると思うんですが、あえてそこにこだわりたいんです。
――なるほど。では、打ち込んだ音楽とフィールドレコーディングで録った音楽っていうと、フィールドレコーディングの音の方が比率としては多いですかね。
Baiyon:一概には言いづらいんですが、素材レベルで言うと、楽器を弾いているものとか、手拍子、スナップなんかは自分でやって録音したりしているものもあります。あと最終的にはAbleton LiveというDAWでアレンジやミックスを行うので、デジタル環境にはなっていますし、シンセサイザーなども使って、打ち込んでいくのはワークフローの主な部分ではあります。今回はプリペアドピアノの音など、出来るだけ一発で録音したものそのまま使おうとしたものも結構あります。
他にサウンドの話で言うと、おきあがりこぼしってあるじゃないですか。夢がテーマということもあって音がぴったりだなと思ったのでお気に入りを見つけて、いくつかの曲で使っています。実はあれって中の金属の棒の高さによって音階が変わるんですよ。工場で手作りしているので、音に温かみもある。面白いですよね。
あと一応わざわざ時間がかかる方法を取っている言い訳としては、音楽って、さっき言ったようにどこまでも終わりがなくて、細部を無限にいじっていられるんですよ。実際クオリティも上がりますし。でも思い出の川の音とかだと、出来るだけそのまま使いたいなと考えるので、迷いが減って、制作の無限地獄に落ちなくて済むんです(笑)。
音楽アルバムとセットにするような感覚で始めたゲーム制作
――Baiyonさんが初めてゲームに触れたのはいつですか?
Baiyon:父親がファミコンを買ってきたのが最初の記憶ですね。父が『ゴルフ』や『麻雀』を「これで練習する」と言って少し遊んでいました。
僕は今までビジュアル作品とか音楽、そしてゲームと色々作ってきていますが、小さい頃はまだゲームはただの「遊び」という感じで、深く考えずにただ遊んで楽しんでいました。さらにあの頃はクレジットとか見てもスタッフが遊び心でよくわからない名前をつけていたりしたじゃないですか(笑)。
けれど、それが初代PlayStationが出てきたあたりで変わったんです。元ソニー・ミュージックエンタテインメントの丸山茂雄さんがプレステの宣伝を手掛けられていたこともあって、クリエイターが前に出るようになったんです。それを高校生の時期に受け取ったから色々と気づいたんですよね。例えば『ワイプアウト』にデザイナーズ・リパブリック(イギリスのデザイン会社)が関わってるのは、テクノの文化背景があって作られたモノだ、とか。色々な思いがあるクリエイターがゲームを作って、お客さんとの相互関係を結んでいるんだなって。
ゲームという単位で言うと「MOTHER」シリーズは大きいですね。僕のなかではあのシリーズって初代がフランス映画で『MOTHER2 ギーグの逆襲』がハリウッド映画で『MOTHER3』が日本映画なんですよ(笑)。それぞれに良さがあるんですが。
――様々な経歴をお持ちですが、ゲーム音楽を作ろうと思ったきっかけはなんでしょうか?
Baiyon:きっかけを考えると、当時『STUDIO VOICE』という雑誌があって、僕は京都を拠点に活動していたということもあってそういう東京の雑誌に掲載してもらってもっとたくさんの人に知って欲しいと思っていました。で、自分のレーベルのデザインとかも色々やっていた流れから、ついにそこでデザインの特集をしていただいて喜んでいたんですけど、そのテーマが「CD消滅前の最終ジャケット・デザイン大全」だったんです。せっかく一つ山を登れたと思ったのに、マジか、終わるのか……みたいな。
それでその時に、色々振り返って、自分の音楽をこう楽しんでほしい、こう受け取ってほしい、そして音楽だけじゃなくて、ビジュアルなども含む世界観をセットで楽しみ方を提示したいと思ったからレーベルを立ち上げたんだということに気づきまして。そして、ゲームは音楽や、アートを作る時のインスピレーションにもなっていたこともあって「その全ての要素をインタラクティブな体験としてパッケージ出来るゲームというメディアに挑戦してみたい」と思い立ったんです。つまり、音楽アルバムとゲーム体験をセットにするような感覚です。
最初はもう何もわからないので、自分が持っている文化へのリスペクトとか、音楽的なカルチャーとかを乗せていくことで、面白いものや人と繋がっていけるんじゃないかなと、色々模索していきました。そうして、本当にたくさんの人たちと出会いながらコラボレーションして現在まで辿り着きました。