『ペルソナ5: The Phantom X』に見るスピンオフ作品への“バトンタッチ” プレイヤーの日常に根ざす怪盗たちの新章が開幕
6月26日に正式リリースされた『ペルソナ5: The Phantom X(以下、P5X)』は、人気JRPG「ペルソナ」シリーズのナンバリング第5作『ペルソナ5』のスピンオフタイトルだ。近年の「ペルソナ」と言えばスタイリッシュなグラフィックデザインを軸に、学生と異世界を行き来する二重生活を中心としたジュブナイル作品という側面が強い。
しかし本作は従来とは異なる運営型タイトルということで、「『ペルソナ5』をどれだけ再現しつつ、新たな驚きと体験を生み出しているのか」という点が気になる人も多いだろう。そこで本記事では、リリース後1カ月ほどプレイした実感を踏まえながら、『P5X』が“ペルソナらしさ”をどう引き継ぎ、どう変化させたのかを改めて考えていきたい。なお詳細なゲーム概要については、クローズドβテスト記事やメディア向け体験会記事を参照してほしい。
もうひとつの東京、もうひとつの怪盗団
まずは『P5X』のストーリーについて紹介しよう。本作は『ペルソナ5』の世界観をベースにした新たなストーリーやキャラクターが特徴だ。主人公・ワンダーは己刮(こかつ)学園に通う高校生だが、何ごとにも気力が沸かない日々に違和感を抱いていた。ある日、ルフェルとともに大衆の無意識が具現化した「メメントス」に迷い込み、自身の「欲望」を誰かに奪われていると明かされる。シャドウに襲われた際に「もう一人の自分」に呼びかけられたことをきっかけに「すべてを奪い返す」と決心し、ペルソナ能力に覚醒するのがあらすじだ。
『P5X』は『ペルソナ5』と同じ東京を舞台にしながら、パラレルワールドという位置づけの作品で、コラボイベント以外ではジョーカーたち「心の怪盗団」の姿は基本的に描かれない。そのためスピンオフといっても彼らの存在が前提として語られることはなく、新たな登場人物たちが紡ぐドラマによって物語が進んでいく。
動機やテーマにも違いがあり、『ペルソナ5』が社会に対する「反逆」を中心に描いていたのに対し、『P5X』は「欲望」というキャラクターの内面をさらにフォーカスする方向に舵を切っている。主人公たちが改心させようとする相手(ターゲット)も社会を牛耳るような影響力を持つ人間ではなく、日常に潜む迷惑人間という描き方に転換され、物語のスケールも現時点では本編より等身大だ。
ストーリーやサブクエストなどのコンテンツは、最初から実装されているわけではなく定期的に更新される形式のため、サービスが終了するまで物語が完結することなく“現在進行形の物語”として継続されていく。シナリオを「終わらせる」ことができず、日常生活の合間で断片的に楽しむ本作では、プレイヤーに重ね合わせやすいテーマの方が成立しやすいのではないか。こうしたストーリーテリングは、「ソーシャルゲーム」というゲームスタイルとの相性を意識した結果とも考えられる。
また運営型タイトルという特性上、『P5X』にもガチャや育成素材収集などの要素が組み込まれている。今ではおなじみのシステムだが、買い切りゲームに親しんできた「ペルソナ」シリーズのファンにとっては戸惑う部分だろう。ただ本作では単なる戦力アップのための仕組みにとどまらず、キャラクターごとに用意された「シナジー」やイベントが描写に厚みを持たせている。
『ペルソナ3』以降、シリーズでは一貫して“人とのつながり”が主人公の成長や戦力に直結する構造が採用されてきたが、こうした日々のプレイを通じて育っていく関係性は、「ペルソナ」らしくシリーズで重視されてきた「絆=力」のテーマに共通している。運営期間にリンクして段階的に追加されていくガチャという偶然の出会いを通じて、バトルの戦術が徐々に拡張されていく感覚は、いわゆる“ソシャゲらしさ”を単に取り込んだのではなく、「ペルソナ」におけるキャラクターとの出会いと交流をかみ砕いた演出とも言えるかもしれない。
「日常」と「非日常」をつなぐ設計
『ペルソナ5』の特徴は日常生活と異世界探索の二軸構造で、学校生活を送りながら放課後には異世界へと赴き、“もうひとつの顔”でシャドウと戦う。この形式は『ペルソナ3』以降のシリーズを通して一貫しており、プレイヤーにとっても時間や感情の流れを“自分ごと”として自然に受け入れられる没入装置として定着してきた。『P5X』もその構造を引き継ぎつつ、運営型タイトルのシステムと融合させている点が興味深い。
たとえば本作は従来のカレンダー制ではなく、ゲーム内の時間進行をプレイヤーのペースで進められる。また隙間時間に体力消費や育成にアクセスしやすいテンポ感だ。短い時間で完結する異世界探索、タスクのように管理できる育成要素、デイリーミッションの存在などは、元の『ペルソナ5』とは違う形でプレイヤーの生活に溶け込む設計として機能している。これは家庭用ゲームのように完結したシナリオを、一気に体験する形式とは大きく異なる体験をもたらす。
誰をガチャで引いてバトルで使用し、どのように本作と付き合ってプレイしていくのか。体験の積み重ねによってプレイヤーごとに異なる「日常のルーティン」が生まれ、それがゲーム内外で“自分だけの体験”を形成し、『P5X』とプレイヤーが同期した「終わらない日常」を描写する。つまりはシリーズの持ち味である「日常と非日常の交差」という軸を、『P5X』らしく再解釈してプレイヤーは“自分の日常”と作品を重ねていく。このようにあり方が変わっても『ペルソナ5』の軸を損なわないアプローチは、シリーズの文法を踏襲しながら運営型に最適化されており、“もうひとつの『ペルソナ5』”体験を提示しているように感じた。
運営型だからこその『ペルソナ5』のかたち
『P5X』は、シリーズとしての「らしさ」をしっかりと押さえながら、日常の合間に自然にプレイできるテンポ感、キャラクターとの関係性をじっくり深められる設計、そして断片的な体験の積み重ねが“物語”として形作られていく構造。それらが従来の「ペルソナ」とは異なる手触りを生み出している。『P5X』は家庭用ゲーム機ではなく、スマートフォンやPCで遊ぶからこそ生まれる“身近さ”を活かし、「ペルソナ」シリーズの持つテーマ性を日常の中へと浸透させている。
本作は公式がアナウンスしているように、ガチャ確率の厳しさなどユーザーから報酬や運営サイクルに対する意見があるのは事実だ。筆者も遊んでいて不具合の多さや、遷移先や操作がわかりにくくユーザーフレンドリーとは言えないUIなど、思うことはある。そのようにサービス運営の中で課題も浮き彫りになっているが、それもまた「現在進行形の物語」として本作が歩み続けている証拠だ。今後どのような展開や改良が加えられていくのか。「ペルソナ」というIPの可能性をさらに広げる意味でも、その道のりに引き続き注目していきたい。