『VRChat』で作られた作品が『レインダンス映画祭』の受賞作に 演者、観客、演出が一体となった“熱量”を紐解く

 欧州最大規模のインディペンデント映画の祭典として知られる『レインダンス映画祭』から、2025年度イマーシブ部門の受賞結果が発表された。その栄誉あるリストには、ソーシャルVRプラットフォーム『VRChat』を拠点とする日本のアーティストから生まれた、2つの作品が載っていた。

 「BEST LIVE PERFORMANCE」に輝いた『Rhythmic Root』。そして「BEST MUSIC SHOW」を獲得した『Torchlight』。

 なぜ、インディー映画の権威が、バーチャル空間のライブエンターテインメントにこれほど高い評価を与えたのか? 本稿ではその背景と価値を紐解いていく。

 この受賞の重みを理解するには、まず『レインダンス映画祭』そのものの立ち位置を知る必要がある。1992年の設立以来、この映画祭はインディペンデント映画、つまり自主制作作品を評価する場所としてあり続けてきた。ここでの受賞が米国アカデミー賞や英国アカデミー賞(BAFTA)の選考対象に繋がることもあるため、世界の映画製作者にとって極めて重要な舞台である。

Trailer Ver2 UP

 そんな伝統ある映画祭が、VRやARといったXR技術にいち早く注目し始めたのは2015年のこと。そして2025年は、その「イマーシブ部門」が設立されてから記念すべき10周年にあたる。

 今年受賞した2つの作品は、いずれも演者、観客、そして演出が一体となった強烈な「ライブ体験」を提供するものだった。

 「BEST LIVE PERFORMANCE」に輝いた『Rhythmic Root』は、南アフリカ発祥のアフロダンスとDJのビートを軸に、民族太鼓ジャンベの響き、そしてジャズ歌手のソウルフルなボーカルが融合する作品だ。

 アフリカのリズムをベースに、多様な文化・ルーツを持つ表現者たちがバーチャル空間でコラボレーションを繰り広げた。リーダーのMaru-17は、2024年にも『タイコ たき火 ダンス ナイト』で選出されており、民族楽器を用いたパフォーマンスで継続的に高い評価を得ている実力者である。

 一方、「BEST MUSIC SHOW」を獲得した『Torchlight』は、“創作への燃えるような情熱が結晶化した”ようなライブだ。その熱が眩い光となり、目まぐるしく変化するライブ会場を照らし出し、クライマックスでは観客のアバターすらも焼き焦がしてしまうほどの強烈な演出が待ち受ける。

 制作者であるアーティスト・キヌは、ポエトリーリーディングを濁流のようなリリックアートで表現する演出で知られる。本作の表題曲「トーチライト feat.kinu」は、キヌの代表曲の一つ「バーチャルYouTuberのいのち」で描かれたテーマや歌詞を踏襲しており、過去のライブを知る者にとっては、そこからの年月の重みを感じさせるものとなった。この感動的な体験の根幹をなす楽曲は配信もされているので、ぜひ一度聴いてみてほしい。

kinu 7th live "Torchlight" Trailer

 『レインダンス映画祭』の「イマーシブ部門」、つまりXR部門の話をしながら、なぜこれほど『VRChat』の話題ばかりになるのか、と疑問に思う読者もいるかもしれない。

 しかし、『レインダンス映画祭』においては、審査サイドが「XRクリエイティブの中心地は『VRChat』にある」と考えている節がある。象徴的なのは、イマーシブ部門の授賞式自体が『VRChat』内で開催されているという事実だ。今回の記事では日本のアーティストに着目したが、海外でも『VRChat』を活用した作品が数多くノミネートされている。

 くわえて、日本のコミュニティが『レインダンス映画祭』で脚光を浴びたのは、今に始まったことではない。過去を振り返れば、映画祭の公式アフターパーティーにコミュニティイベント「青色クラブ」の会場が利用されたり、アーティスト・CAPSULEの『VRChat』ライブがノミネートされたりと、日本コミュニティと『レインダンス映画祭』は一定の交流をしてきた歴史がある。

 そして何より重要なのは、こうした国際的な評価を受ける作品がユーザーコミュニティの間から生まれていることにある評価。もちろん、クリエイターの中にはプロとして活動している、あるいは別の領域ですでにプロとして評価を受けている人物もいる。

 しかし、今回受賞した作品も含め彼らの活動基盤は『VRChat』の中にあり、その多くは開かれたコミュニティに根ざしている。クリエイターとしては無名であったとしても、インディペンデントな賞である『レインダンス映画祭』の特性と『VRChat』コミュニティに広がるUGC(User Generated Content)文化が噛み合えば、国際的な評価を得ることができる。

 この活気ある日本の『VRChat』コミュニティに海外のクリエイターが注目していることを示す好例としては、今回「BEST SHORT FILM OF VR 部門」にノミネートされたドキュメンタリー作品『A Dutchman in Virtual Japan』が挙げられるだろう。タイトルが示す通り、DUTCHMAN(オランダ人)の視点から日本のバーチャル文化を追った本作は、海外から見た日本のコミュニティの姿や魅力を映し出している。

A Dutchman in Virtual Japan - Trailer

 この記事を読んで、現地の熱気に少しでも触れたいと思ったなら、ぜひ『VRChat』の世界に飛び込んでみてほしい。さまざまなコミュニティを訪ねれば、きっとあなたの心を揺さぶる何かに出会えるはずだ。

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