加藤シゲアキが作家・監督として語った“クリエイティブとの関わり方” 『Adobe MAX Japan 2025』登壇セッションレポート

加藤氏が語る、クリエイティブの原点と生成AIに対する“葛藤”

ーー技術やフォーマットの制限から作品の構想を膨らませたり、物語をつくったりすることは、加藤さんにとっては自然なことですか?

加藤シゲアキ(以下、加藤):とても自然ですし、むしろそういった制限があった方がアイデアが湧いてくる、そういうことはたくさんあると思います。小説は大体の場合原稿用紙の枚数指定がありますし、無い場合も何となく想定し、枚数から登場人物の数やスケール感を考えます。締め切りも含めて、守らなければいけないことがあるときのほうが、ものを作るのは楽ですね。あらゆるコンテンツはある程度フォーマットに沿っている必要があるし、そういうフォーマットがあることは、僕にとっては日常かもしれない。

ーーセッション中には「制作物を見たら、どうやって作っているのか知りたくなる」という言葉もありました。クリエイティブを演出的視点で捉えていらっしゃるのだと感じますが、そういった視点はどのように育ててきたのでしょうか。

加藤:僕はもともと客観的に物事を捉えやすい人間だと思いますが、くわえて11歳から舞台に立つような仕事をしていて、自分に対して演出をつけられることが多いわけですよね。普通の演出家は他者の演出を見る機会ってあまりないと思うんですけど、僕はもう、限りないほど演出を受けてきたので。そういう中で、「これは素晴らしい演出だな」と思うときもあれば、「このアプローチはどうなんだ?」みたいに思うこともあって(笑)。

 もちろん、演出家の方もアウトプットの性質や時代背景を考えてやっていらっしゃるんだと思いますが。若い頃から映画監督の演出技法にも興味がありましたし、メイキングを観ることも好きですが、僕自身がたくさんの演出をつけられて育ってきたということは大きいと思います。

ーー以前より愛好しているフィルムカメラでの撮影経験は、映像作品の監督をすることにも活かされていると思いますか?

加藤:すごく活きていると思います。フィルムカメラが好きな理由はいくつかありますが、その中の一つは「その場で確認できないこと」。特に今はフィルムも安くないので、1枚1枚大事にしながら撮影して、現像を後から確認すると、再発見がたくさんあるんです。「この構図は狙って撮ったわけじゃないけど、めちゃくちゃいい」みたいな。

 写真は10代から撮っていて、一時期は「もう自分には面白い写真が撮れないのかもしれない」と思い、スランプのようにちょっと離れた時間がありました。それでもフィルムカメラを手に取ると、「こうやって構図を作って切り取れば、また新しい自分に出会えるのかな」と思えるような体験があった。自分の手癖に気付かされつつ、新しい自分の撮影スタイルを見つけられたのは、フィルムのおかげだったんです。

 最近はデジタルもまた撮るようになって、デジタルだからこそ発見できたこともたくさんあるんですけど、あの時フィルムカメラを手に取ったから写真を続けられたし、創作の原点の一つだと思います。

ーー小説や映画で物語を描くことと写真を撮るという行為には、重なる部分がありますか。

加藤:撮影は、被写体を通して自分を見つめているときがたくさんあります。撮っているときは被写体を見つめていても、見返すときにはそのときの自分の感覚を思い出したりする。僕は小説を書くときもフォトジェニックなもの、シネマジェニックなものを脳内で浮かべながら描写することがありますし、カメラは光を切り取るツールだと思いますが、その切り取り方というのは、小説ともシンクロする部分が結構あります。

ーーセッションでは生成AIの発達に触れ、「これからの時代には『問い』が大事になってくる」とおっしゃっていました。もう少し詳しくお話を伺ってもいいですか。

加藤: 僕の仕事柄かもしれませんが、たとえば小説って“答え”を伝えるものじゃなくて、“問い”を提示するものだと思っているんです。昨今は「問われたい」と思っている人よりも、「答えを知りたい」とか、「なるべくタイパ・コスパを大事にしたい」という意識の人が多いと思うんですが、僕は作家なので問いを重要視しています。

 そこに紐づいて、これから「答え」をつくるのがAIの仕事になっていった場合に、AIにプロンプトでどう指示するのかが重要だと。そうすると、これから重要になってくるのは「聞く力」だと思うんですよね。特に僕はもう37歳で、クリエイターとしてはある程度のキャリアがあり、映画監督っていう立場で人に指示する役割になると、若い人の言葉を聞きながら、引き出していく能力が重要になっていく。それはAIに要望を伝えて、出力を引き出す能力にも似ていますよね。これからは「何を言えるのか」が重要になると思います。

ーーそうした状況はクリエイターとして歓迎できますか。

加藤:悩ましいですよね。AIの出力はまだある種画一的ですが、これからどんどん性能が高まっていくでしょう。海外ではAIの普及に対して、役者たちがストライキをする出来事もありましたよね。雇用が失われる部分もありますから、何でもAIに頼っていいわけではないと思う。倫理も重要です。何をAIに頼り、何に使うのかをちゃんと人間がコントロールできることが大事だと考えます。

 誰でもいいものが作れる時代ですから、クリエイティブの門戸が開いた分、そのハードルは実は格段に上がってしまった。「全部AIに作らせればいいや」と考える人が増えていくとしたら、その先には何が残るんでしょう。もしかしたら先ほど話したフィルムの質感であるとか、音楽もよりアナログな楽器が脚光を浴びるのかもしれない……人間というものに対してのコントラストが浮き彫りになる時代の予感がします。

 けれど、AIをまったく否定するのもちょっと違う。技術が取り込まれていく流れっていうのは多分誰にも止められないので、現時点で何が起きているかを知っておくこと、AIと対比して「人間しかできないことは何なのか?」、それを常に意識することが必要ですよね。

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