VTuberたちは1年でどう変化した? 3人の識者が振り返る、2024年のバーチャル業界(前編)
既存の枠組みを超えたVTuber所属
たまごまご:次に、「既存のバーチャル事務所ではない企業がバーチャルタレントを所属させた」というトピックについて話したいですね。
浅田:具体的にはREJECTにVTuberの方々が加入した件ですかね?
草野:あとは数年前から継続しているソニーも当てはまりますね。ソニーのバーチャルタレント事業は、順調に人が増えた後、人員整理によってVEEへ一括所属に至りつつ、何名か卒業者も発生しました。その際、卒業者にキャラクターを譲渡して、個人活動を継続させていますよね。
浅田:VEEは設立当初の方針にちゃんと従って運営されている点が偉いですよね。
草野:ソニーだからこそできるパワープレイ、という印象はありますけどね。あとは、音楽のメジャーレーベルがVTuberの新曲を出すケースも多くなりましたよね。エイベックスのmuchoo所属の七海うららさんはもちろん、キングレコードが関わるRK Musicなどもそうかなと。所属しているVESPERBELL、HACHIの2組が今年メジャーレーベルからデビューしました。あと、FZMZもその一例ですかね。
たまごまご:それと、ChumuNoteさんが所属したレメディ・アンド・カンパニーも。最初「なぜ医療系の企業が!?」と思いましたが、インタビューでお話を聞いたとき、担当者の方がすごくちゃんと考えていらっしゃっていて。いいなと感じましたね。
事務所の解散で名前と姿を一新した人気VTuberが、再び企業と手を組むまで ChumuNoteが語る「VTuberの就活」
個人VTuber・ChumuNoteが企業とタッグを組むことを発表。意外な業界への“就職”に、驚いたファンも多いだろう。なぜ医療…草野:まあでも、一番のトピックはやっぱりREJECTですよ。赤見かるびさんが所属したCrazy Raccoonも、もしかすれば今後VTuberさんを加入させることもありえますよね。FPSはブームがすこしずつ落ち着きつつあるように見えますが、『ストリートファイター6』がいま盛り上がっていて視聴者数が急増している。そこに目をつけてREJECTがVTuberを大量起用したというならすごい大きな展開ですよね。
浅田:Crazy Raccoonの赤見かるびさん起用や、REJECTのVTuber大量起用も、VTuberとリアルのストリーマーを区別せず、「Twitchでイケてるゲーム配信者がたまたまVTuberだった」くらいの温度感なのかなとは思いますね。
草野:僕も同じくタレントとして面白いから起用しただけの話なのではないか、と思っています。VTuberなのでリアルの体はあんまり見せられないかもしれないけど、配信自体はすごい面白いので、採用したのかなと。
たまごまご:いまREJECTのWEBサイトを見てみたのですが、ハイタニさんと天鬼ぷるるさんが一緒に並んでて、特に注釈も書いていない。キャラクターを持って活動しているストリーマーも一緒に並んでるから、マジで境界線がない。これいいですね。
〈参考:REJECT〉
浅田:良い意味で“バーチャルの特権性”が効力を失いつつありますね。アバターを採用するかどうかも含めて、ストリーマーのクリエイティブ性として一つ受け入れられてるのかなって思うと、昨年の対談の最後で口にした「VTuberという言葉が融けてなくなる日が来るかもね」って未来予想が、かなり具体性を伴ったXデーとして近く訪れるのかなと感じるほどに。
にじさんじ・ルンルンはなぜシーンの外側でヒットしたのか?
草野:こうした展開は面白いですが、同時に「これまでVTuberと呼ばれた人と普通のストリーマーの線引はなにか」という問題点もあると思います。先ほど、浅田さんは『VRChat』ユーザーの視点から言及していましたが、普通の視聴者目線から見ると「後藤真希とぶいごまの違い、そんな彼女と一緒に並んでるこのVTuberって境目どこにあるの?」という話が出てくるはずです。
浅田:そもそも、VTuber自体の種類が分かれ始めていて、同じ言葉なのに指してるものが概念として異なる状態になりつつあるかなと思いますね。
たまごまご:「VTuber」はただの言葉ではあるんだけど、ズレが生じている時期かもしれないですね。今でも、キャラクター性や世界観を持つ人は新しくデビューしていますし。企業勢でも、それこそにじさんじからルンルンがデビューしていますけれど、あれはストリーマーではない、キャラクター然としたVTuberだと誰もが認めると思います。
そうしたキャラクターや世界観をもって配信している人は、何かしら誇りを持ってやっていると思うので、それを僕らが見分けられるかどうかですよね。まだそこに関しては境界線はない。
浅田:自分は、ルンルンのような明確にキャラクターを決めているタイプは、VTuberが生まれた時のあり方へ“先祖返りしている”と捉えています。Live2D主体の配信者スタイルが増えたことで、業界的にはタレント本人の人間性が魅力や人気のコンテンツになっていきましたが、それすらも人数が増えてレッドオーシャン化したことによって、逆にフィクション的なあり方への需要が再び高まってきているんじゃないかなと。
たまごまご:タートル・トーク的な人気ですよね。実際、ルンルンは新規層をいい具合に開拓しているようで、自分の周りでは今までVTuberなんて1ミリも見たことないという人が、ルンルンのメンバーシップに登録したという話も聞くほどです。
(※:ウミガメのキャラクター・クラッシュと会話ができる東京ディズニーシーのアトラクション。2018年にVTuberが話題になってから、VTuberを理解する比較例として挙げられることが多かった。参考:https://www.tokyodisneyresort.jp/tds/attraction/detail/246/)
「そんなにハマるの!?」と思ってしまいますが、「ルンルンならOK」みたいな考え方はあるみたいですね。単純にひとつのキャラクターとして楽しんでいることと、よくあるVTuberの美少女キャラクター的なイメージと離れていることが理由なのかなと。
浅田:キッズ向けVTuberでクマーバという方がいたじゃないですか。あれがリアルタイムで動いてるものがルンルンと見ることもできそうですよね。クマーバで育まれたキャラクター的な存在としてのバーチャルタレントが、ルンルンによってVTuberの本流に近づいている、とも考えられそうかなと。
草野:僕は、ルンルンは特殊な事例だと思っています。結局、ルンルン以降同じような動物っぽい、フワフワでファンシーなバーチャルタレントがこれからめちゃくちゃ増えるかと言われたら、それはちょっと難しいんじゃないかなと思います。
浅田:ああ、増やすのは難しそうですよね。非常に高度なロールプレイ能力が要求されると思うので。
草野:それもありますし、それ以上にルンルンがヒットした理由って、業界に人型が多すぎることが挙げられると思うんです。だって、ホロライブ・にじさんじ・ぶいすぽっ!の三大事務所を見ても、“人型じゃないタレント”がどれくらいいますか、と言われると数える程度しかいないんですよ。
たまごまご:にじさんじですら、ルンルンを含めて3体しかいないですもんね。
草野:そう。これまでにじさんじにはでびでび・でびるさんと黒井しばさんの2人しか、非人間型のタレントがいなかった。数が少なかった理由は、先ほど浅田さんもおっしゃった通り高度なロールプレイが必要になることと、人型のモデルと異なりスタジオで3Dモデルを活かす際の制約が大きいからなのではないかと考えています。こうした事情で増えていなかった中で、ルンルンがとてもキュートな非人型として登場したので、珍しさから注目を集め、ヒットに繋がったのかなと。
そして、新規のファン層開拓も大きいのですが、むしろこれって2017年~2018年ごろのVTuberファンが喜んだんじゃないのかなぁと思うんですよね。「これこれ! この創作性の強い感じがVtuberだよね!」みたいな納得があったはずです。
たまごまご:どっちかっていうと、げんげんや高い城のアムフォなどに近い空気感は感じますね。ロールプレイに関していえば、以前に九条林檎さんがnoteで「(VTuberは)RP型中間非型問わず必ずキャラクターに喰われる」といった見解を書かれていました。企業勢でも個人勢でも、キャラクターを保とうとしつつ配信を続けると、メンタルが壊れるよと、とおっしゃっていましたね。
〈参考:九条林檎 note〉
草野:そうした事情もあると思うので、やはりこれは特殊能力なんですよね。なので、ルンルンのようなタレントが来年以降爆発的に増えます、とは僕は言えないです。さすがにそれは難しいでしょう。数年前の壱百満天原サロメさん同様に、“特異点”の一つだと思います。
浅田:ルンルンのようなVTuberの要求スキルセットは、遊園地の着ぐるみ操演が近そうな気もします。それまでのVTuberが「ちょっとデフォルメした自分」だとすると、あのタイプは「自分とは完全なる別物」を扱うものだとも思うので。とはいえ、着ぐるみを動かしている間って、自我の切り替えははっきりさせるのか、それとも切り替えるものはないのか、どちらなのでしょうね?
草野:じつは自分、ルンルンが毎日のように配信していることを踏まえると、あの姿は「素の延長線上」で、「ロールプレイやキャラクターとして演じていない」んじゃないかとも感じています。元々考え方の深い洞察眼を持っていて、そこから口調や言葉選びに気をつけてお話をされていると。ファンタジー要素を僕らが感じているのは、ビジュアルによるところが大きい気がしますね。
浅田:ひとつ思い出したのは、『VRChat』を散策していると、たまにごく普通に振る舞っているのに、声も振る舞いもマスコット然としている人っているんですよね。その人は一切演じていなくて、単にその声と口調でしかない。ルンルンが作為的ではないという説を聞いたとき、このことを思い出して「たしかに」と納得しました。
たまごまご:あと、兎田ぺこらさんが語尾に「ぺこ」をつけたことや、風真いろはさんが語尾に「ござる」をつけた際、周囲から「それは大変だよ」と言われた……という話を思い出しますね。やっぱりハードだと思いますよ。
草野:にじさんじは以前、マスコットキャラクターのオーディションを開催していましたよね。おそらくそこからルンルンが出てきたと思われるので、応募する人の多くが、おそらくそういう話し方やクセづけなどに慣れていたんじゃないかなと。
浅田:なるべくして生まれた存在が2024年に芽生えた、みたいな。