横浜流星の涙…会いたい人との約束の場所に現れず『わかっていても the shapes of love』6・7話
#6 誰より大切とわかっていても
千輝の病状は想像していたよりもずっと重かった。小さいころから体が弱かった千輝。そんな彼女にとって生きる気力となっていたのが、漣の描く絵だった。殺風景な病室が彼女のすべてだったときに、漣が見せてくれた色鮮やかな世界。そんなヒーローのような漣への憧れが、恋へと発展するのは決して不思議なことではない。
それほどまで自分を求めてくれる人に小さいころから出会うというのは、おそらく漣の人生観に大きな影響を及ぼしたに違いない。自分の描く絵が生きる活力となっている人がいる。多くの人が行き詰まったときにぶつかる「なんのために描くのか」という問いに対して明確に答えが返ってくるのだから。そんな千輝の存在は、漣のアーティストとしての自覚を強めていったに違いない。
だが、同時に千輝の期待に応えなければならないというプレッシャーとともに生き続けてきたとも言えそうだ。自分のアートが千輝の命を繋いでいる、といっても過言ではなかった状況。もしかしたら、海外へ活動の拠点を移したのは、彼の才能が花開いただけではなく、千輝の期待から少し距離を取りたいという思いも少しはあったのではないだろうか。
しかし、彼は帰ってきた。それは、きっともう千輝が長くはないという知らせを受けてのこと。自らも美術大学内の銅像にペンキをぶちまけ、颯(浅野竣哉)のストリートアートを咎めることなく、「鎌倉バンクシー」としてともに描いたのも、すべては千輝に刺激的な日常を贈るため。
それが、美羽の登場によって大きく状況が変わった。美羽は、そんな漣に「本当の姿が見える作品が見たい」と訴える。千輝を大切に思い、彼女を楽しませるために描きたいと思ったのも間違いなく自分の意志ではあった。だが、それが果たして自分の「本当の姿」と言えるだろうか。
「もう一度だけ私の恋人になって」残り数ヶ月と宣告された千輝の時間。できれば、その願いに応えてあげたいと思った。その気持ちは決して嘘ではない。しかし、それが「本当の姿」とは言い難いのは、千輝とのデート中に美羽の存在が離れないことが証明していた。千輝が自分を見てほしいと願うほどに、漣の心は美羽に向いていることを自覚していく。そんな重ならないそれぞれの想いが切ない。
それは、美羽も同じだった。誰よりも大事に扱ってくれる琉希に救われた。その存在は、美羽にとっても大切な人ではある。しかし、本当に「特別な1人」という席にはずっと漣が座っている。無意識に目でその姿を探してしまうのも、自然とキスを受け入れられるのも漣だからなのだと、琉希との時間を過ごすほどに自覚する。
わかっていたつもりだった。他の誰かで代わりが効かない人と出会ってしまったのだと。でも、あまりにもその関係性が愛しすぎて、そのまま壊れるまで突っ走るのが怖かったのかもしれない。しかし、こうして改めていま「会いたい」と願う人は誰なのかがわかった漣と美羽は、雨宿りをしたあの場所で待ち合わせをする。
約束の場所に、先に着いたのは美羽だった。しかし、見渡しても漣の姿はそこにはなかった。走って向かっていたはずの漣。実は彼が到着する前に1本の電話を受けていたことがわかる。その物言わぬ後ろ姿だけで、良くない知らせであることを予感させる。
そして、映し出された漣の顔にまた息をのんでしまった。現実を受け入れられないといった表情を浮かべたまま、それでも言葉の意味を理解した脳が条件反射で流したであろう一筋の涙。ようやく開きかけていた漣の「本当の姿」。しかし再び、彼の心が素直になることを拒否してしまったように見えた。