角野隼斗と拡張する鍵盤のゆくえ 「人間の可能性をいかにテクノロジーが広げてくれるかが大事」

 何人ものピアニストの口から「キーボードは弾きたくない」という言葉を聞いたことがある。この裏側にあるのは「生ピアノしか弾きたくない」という情熱だ。
 
 最近では時代の流れともに、そういった言説も弱くなっている。だが、現実としてピアノと電子ピアノ、シンセサイザーはまったく別物。しかしながら、それらを我々は「鍵盤」というコントローラーによって同族だとみなしている。
 
 では「ABLETON Push」などの新たな楽器が示すのは「鍵盤」という西洋的な概念の変革なのかもしれない。これについてクラシックにルーツを持ちながら、シンセにも造詣が深い角野隼斗はどう考えるのだろうか。CASIO のキーボード「Privia」の20周年を祝う「Privia 20th Anniversary Showcase in Japan」を終えたばかりの彼に短く尋ねてみた。

――「Privia 20th Anniversary Showcase in Japan」への出演、お疲れ様でした。角野さんは、2021年からのCASIO電子楽器アンバサダー就任以前から「Privia」を使用されていたそうですが、その理由は?

角野隼斗(以下、角野):YouTubeの配信なんかに使っていたんですね。当時は『PX-S1000』だったんですけど、どこにでも持ち運びがしやすいし、かつ性能もよいなと思ってベッドの上や川辺から配信したりしてました。

――おすすめの機能や使い方があれば教えてください。

角野:「ライフスタイルピアノ」と銘打っている通り、部屋に置いて馴染む形で設計されているんです。デザインもそうですけど、特にBluetoothでスマホを接続して、音源を流しながら自分の演奏を足せるのは便利ですよね。あと音色やリバーブの設定を変えて楽んだり、すぐバロックチューニングにできるのもいい。

――音楽教育の現場では「電子ピアノよりも生ピアノの方がいい」と言われていた時代がありましたが、最近は変わってきています。角野さんはどう思われますか?

角野:アコースティックより電子ピアノは鍵盤が軽いですから、奏法が確立していない時期には気を付ける必要はあるかもしれません。でも「電子ピアノに触ってはいけない」ということにはならないと考えてます。

 生ピアノは持ち運びできないし、プロとして活動する上ではどんなピアノでも現場にあるもので演奏しなければいけません。自分にとってコントロールしにくい鍵盤に即時に順応する能力はどうしたって必要になる。だから色々な鍵盤を弾くことが大事。あとはアコースティックで扱えない部分を有効に使うといいのかなと。

――昨年3月に坂本龍一「千のナイフ」のカバー動画をYouTubeに投稿されていました。グランドピアノの上にシンセを置いたパフォーマンスはジャズ奏者なら普通なのですが、クラシック奏者としては珍しいと思います。このスタイルが今後増えるような予感もありましたが。

角野:今後増えていくんじゃないかなと。世界を見渡すと、シンセを取り入れるクラシック奏者もいるんですよ。一緒にコンサートもしたことがある、ルクセンブルクのフランチェスコ・トリスターノもそうですね。彼はバロックミュージックと現代音楽、クラブミュージックが好きでシンセを使用するんです。

 多少クラシックとは違いますが、ポストクラシカルもエレクトロニカなどの要素を取り入れた現代解釈をしていますね。アイルランドのオーラヴル・アルナルズはライブでピアノにシンセを取り入れていますが、音はとてもクラシカル。そういう流れは10年くらいで増えたなという印象で、特にヨーロッパの方で流行っているような感じ。

――「シンセサイザーは弾きたくない」というピアニストもいると思いますが、そういう感覚も変わっていくような気がします。

角野:モダンピアノだけ弾く分なら、それで問題はないんですよ。でも僕は折角なら色々な鍵盤を弾きたいなと思うんです。

――今年は生成AIについての話題も議論になりましたが、鍵盤とテクノロジーの未来はどう考えていますか?

角野:音楽の進化は楽器や技術の進化と共にありました。人間のやりたいことに応答する形で発展してきたとは思いますが、生成AIをどう扱っていくかは我々も考えていかないといけないと感じますね。

 人間の体を使って演奏することの価値は変わらないとはよく考えてます。だから人間による演奏の可能性をいかにテクノロジーが広げてくれるかが大事。シンセを並べて演奏することも、その方向性のひとつじゃないですか。

 最近だと鍵盤でビブラートをかけられる「Expressive E osmose」は面白いですよね。まだニューヨークに帰ってないので弾けてないですが、微分音が出せるキーボー「Lumatone」という楽器を買ったんです。鍵盤が弾ける人なら楽しいんじゃないかな。

――電子ピアノやシンセサイザーはピアノのデザインを採用することで、「鍵盤」という体をなしていました。しかし「Lumatone」や「ABLETON Push」は従来の「鍵盤」ですらありません。角野さんは形にこだわりませんか?
 
角野:使いこなせれば問題ありません。ただ7つの白鍵が前に、5つの黒鍵が後ろ側にあるピアノの鍵盤って理にかなったデザインなんですよね。それが未来で変わるとしたら、どうなるんでしょう......。またゆっくり考えたいトピックです。

カシオの技術を結集した新たな『CELVIANO』ーー開発者の証言から紐解く『AP-750』の魅力

CASIOの『CELVIANO』シリーズ最新作『AP-750』は、新しい4チャンネル8スピーカーの音響システムや、世界的なピアノ…

関連記事