ウクライナ侵攻に直面したゲーム会社は、いかにして“戦い続けた”のか 『S.T.A.L.K.E.R. 2』開発ドキュメンタリーレビュー

 ウクライナのゲーム開発会社であるGSC Game Worldによるドキュメンタリー作品『War Game: The Making of S.T.A.L.K.E.R. 2』が10月3日、YouTubeにて公開された。監督を務めているのは、Xboxの20年を振り返った傑作ドキュメンタリーシリーズ『Power On: The Story of Xbox』などで知られるAndrew Stephan氏で、11月20日に発売を控える同社の最新作『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』(以下、『S.T.A.L.K.E.R. 2』)の開発に迫った約90分に及ぶ重厚な映像作品となっている。

 本作については、前述のとおりYouTubeにて無料公開されており、日本語字幕も用意されているため、もしすでに興味や関心を寄せているのであれば、前情報なしでそのまま作品を見ていただいた方が良いだろう。ただし、映像には戦争に関する描写や実際の映像を含んでいるため、閲覧の際には十分に気をつけていただきたい。その前提のもとに、本稿が作品に触れるきっかけとなれば幸いだ。

War Game: The Making of S.T.A.L.K.E.R. 2 Documentary

 『S.T.A.L.K.E.R. 2』は、そのタイトルが示すとおり、前作に相当する2007年発売のオープンワールドFPSゲーム『S.T.A.L.K.E.R.: Shadow of Chernobyl』(および同作を起点とした2作品。以降、『S.T.A.L.K.E.R.』)の直接的な続編にあたる作品となる。「チョルノービリ原発事故の跡地で、2006年に原因不明の爆発が起きた」という架空の設定のもと、生き残った人々や探索者たちが独自の生活を営むようになった周辺地域を舞台に、過酷な依頼を請け負う「ストーカー」と呼ばれる人々のひとりとして旅に出る様子を描いた同作は、当時から現在に至るまでカルト的な人気を誇る名作として愛され続けている。

 その理由としては、優れたNPC描写やシビアなサバイバル生活のスリルはもちろんだが、何よりも「荒廃」という言葉が生優しく感じられるほどに壮絶な環境を誇る、チョルノービリ周辺地域の独特な雰囲気やムードにあることは間違いないだろう。あれから17年を経て、さまざまなオープンワールドやFPSがゲームの歴史を更新してきたが、『S.T.A.L.K.E.R.』のような作品はどこにも存在しない。だからこそ、常に続編を求める声が寄せられ、GSC Game Worldもその期待に応えることを決めたのかもしれない。

 『War Game: The Making of S.T.A.L.K.E.R. 2』は、いわゆるゲーム開発のドキュメンタリー作品としては極めて異質なものだ。そもそも、本作を観たからといって『S.T.A.L.K.E.R. 2』について現在発表されている以上の新たな情報が明らかになることはないし、ナンバリング新作を作ることになった経緯や、キャラクターの制作背景やゲームデザインにおけるこだわりが語られるような、いわゆる作品の背景を掘り下げるような場面も皆無に近い。その代わりに本作で描かれているのは、ソ連の負の遺産であると同時にウクライナの歴史の一部でもあるチョルノービリ原発を舞台とした『S.T.A.L.K.E.R.』が与えた影響と、ロシアによるウクライナ侵攻のなかで、生き残るための戦いに身を投じ、それでもなお『S.T.A.L.K.E.R. 2』を完成させることを決めたウクライナの人々の姿である。

負の歴史であるチョルノービリ原発を描いた『S.T.A.L.K.E.R.』が、やがて人々にとっての誇りとなる

 本作の前半パートは、『S.T.A.L.K.E.R. 』という特異な作品が生まれた背景と、同作が与えた影響を振り返る内容となっている。映像には当時を回想する開発者や、彼らが開発のために実際にチョルノービリ原発周辺地域を取材する姿も収められているが、あくまでその中心となっているのは、のちに『S.T.A.L.K.E.R. 2』を開発することになる現在のGSC Game World従業員たちが『S.T.A.L.K.E.R.』に受けた衝撃と影響、そしてウクライナで生きる人々としてチョルノービリ原発事件に対する想いを語る姿だ。

 チョルノービリ原発は、1977年当時、ソ連の主導のもと、その支配下にあったウクライナに建設されたものであり、「ウクライナと結びついたものにしたかった」という経緯でこの場所を舞台にすることを決めたとはいえ、1986年の事故から(開発まで)約15年という期間は、その悲劇を乗り越えるにはまだ短く、明らかに物議を生む決断だった。『S.T.A.L.K.E.R. 2』のクリエイティブディレクター兼制作総指揮を務め、今回のドキュメンタリーの中心人物の一人でもあるMariia Grygorovych氏が語る「ソ連時代において、人は価値を持たなかった」という言葉は重く、事故当時に自身を身籠った彼女の母親が、何が正しい情報なのか分からないなかで、とにかく流産を防ぐためにキーウから遠く離れた場所へと向かっていったというエピソードが、さらに当時の過酷な状況を裏付ける。

 だが、だからこそ『S.T.A.L.K.E.R.』が特別な作品となったのだと考えるのは、想像に難くない。ウクライナがソ連に支配されていた時代の負の象徴でもあるチョルノービリ原発は、長らく封鎖されていたことでいまなお1986年当時の状態を保っており、自然だけが残されて変化を続けたという、悲劇によって生まれた天然の博物館のような特異な存在となっている。その場所に想いを巡らせ、そこで何とか生きようとする人々を描いた作品が、他ならぬウクライナの会社によって作られ、世界中に評価されたという事実は、それ自体が大きな勝利だった。ドキュメンタリーに登場する開発者たちが、揃って『S.T.A.L.K.E.R.』という作品を自身にとっての誇りであるように語っているのが、何よりも印象に残っている。

 『S.T.A.L.K.E.R.」に関わりつつも会社を去った兄の想いを引き継ぎ、GSC Game Worldの新たなCEO(『S.T.A.L.K.E.R. 2』ではゲームディレクターを担当。Mariia氏のパートナーでもある)となったIevgen Grygorovych氏を筆頭に、続編に携われることの喜びや、作品を通して表現したいことを語る開発者の姿が印象に残る前半パートの終盤は大きな希望に満ちており、続編への期待を大きく膨らませてくれる。だが、一方で私たちは2022年以降に何が起こるのかを知っている。

ロシアによるウクライナ侵攻に直面し、それでもなお生き残るための戦いに身を投じた、ある会社の姿

 ドキュメンタリーの後半パートは、2021年末にロシアによるウクライナ侵攻の予兆が見え始めたころから現在に至るまでのGSC Game Worldの様子を、当時の貴重な映像や関係者のインタビューを通して描いたものとなっている。当然、ポジティブな内容が語られる場面はほとんどないが、登場人物のほとんどが前半パートにも登場しているという事実が、何よりも冷酷な現実を突きつける。

 2021年11月の時点では、侵攻を確実視する開発者もいれば、事態を楽観的に捉える開発者もいた。だが、事態が悪化していくにつれて、その空気が徐々に澱み、形容し難い息苦しさが映像全体を覆うようになっていく。この時点で、本作はもはや「ゲーム開発会社のドキュメンタリー」という側面はほぼなくなり、「ロシアによる侵攻という事態に直面した、ウクライナ企業のドキュメンタリー」へと移っていく。2022年2月の侵攻開始時を回想する場面は、実際の爆撃の光景やキーウの様子を交えて描かれており、ただただ悲惨であるという他なく、これ以上に言えることはない。

 だが、そうした映像のなかでも力強い印象を与えるのが、過酷極まりない状況でも必死に生き残るための戦い(まさに「ウォーゲーム」)に身を投じていくGSC Game Worldの姿である。特に、侵攻の予兆が見えた段階からロシア側の動きを分析し、従業員とその家族を守るために早期から脱出するための準備を進め、侵攻開始とともに速やかにその計画を実行に移し、会社全体での国外脱出を成功させたMariia氏の手腕には、感服するほかない。従業員の命を守るために、右も左も分からない状況のなかで、会社という枠すらも超えて戦い続けるその姿は、まさに、自身を守るためにチョルノービリ原発事故の渦中で戦い続けた母親の姿と重なっているように見える。

 もちろん、Mariia氏らGSC Game Worldの動きは素晴らしいものだったとはいえ、すべての従業員が国外に脱出したわけではない。何があったとしても自国に残ると決めた人もいれば、自らが戦線に立つことを決めた人もいる(開発者の一人は戦場で亡くなった)。本作はそれぞれの姿を丁寧に追っており、入国を目前にして国境に向かう車の長蛇の列を目の当たりにした時の絶望や、毎日サイレンの音にうなされるキーウの日常、銃を構えて戦闘訓練に取り組む軍の様子などが並行して描かれていく。一つひとつの光景はまったく違うものであり、侵攻が引き起こした悲劇をさまざまな角度で生々しく捉えている。だが、本作は同時に、その全員が『S.T.A.L.K.E.R.』によってつながっているということも、鮮明に捉えている。

 「正気を保つために仕事をすることは大切なことの一つだった」と語るMariia氏の姿が示すように、国外脱出を経てチェコに新たな拠点を構えたGSC Game Worldは、当時、ほとんどの機材や開発道具を失っているという状態であったにも関わらず、ファンの想像よりも遥かに早く『S.T.A.L.K.E.R. 2』の開発を再開した。それは、先の見えない恐怖に襲われるなかで、仕事に打ち込むことはもちろん、ウクライナを舞台とした『S.T.A.L.K.E.R.』の続編を開発するという行為自体が、開発者にとってのセラピー的な役割を果たしたと考えることができるかもしれない(もちろん、そんな簡単に移行することなどできないという事実も、しっかりと本作は捉えている)。一方で、開発から離れ、戦うことを決めた開発者の戦線に立つ後ろ姿には、『S.T.A.L.K.E.R.』のロゴが大きく描かれていた。

 『War Game: The Making of S.T.A.L.K.E.R. 2』は、『S.T.A.L.K.E.R.』というゲームの歴史に残る特異な作品が生まれた背景やその影響に迫ると同時に、ロシアによるウクライナ侵攻のなかで生き残ろうとする人々の姿を追ったドキュメンタリーでもある。『S.T.A.L.K.E.R.』とはウクライナが奪われたものを描いた作品であり、誇りでもある。そして、その続編は、再び奪われようとする過酷な状況で、新たな希望の火となっていった。

 正直なところ、本作を観たいまとなっては、来たる『S.T.A.L.K.E.R. 2』という作品と冷静に向き合えるのかどうかはまったく自信がない。だが、それを作品を評価するうえでの言い訳にすることを、GSC Game Worldの開発者たちは、きっと何よりも嫌うだろう。

 『War Game: The Making of S.T.A.L.K.E.R. 2』はYouTubeのGSC Game World及びXboxの公式チャンネルにて現在公開中。『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』は、PC/Xbox向けに2024年11月20日発売予定。

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