『愛のハイエナ』はテレビマンとしての“勘”から生まれた 『有吉の壁』など手がけた演出家・橋本和明が放送作家・白武ときおに明かす「エンタメへの欲望」

演出家・橋本和明が明かす「エンタメへの欲望」

テレビとネットが生かし合えるもの

白武:日テレのやり方とABEMAのやり方は、全然違いますか?

橋本:アプローチが違いますね。たとえばABEMAはネット上で「届ける」ことのノウハウが蓄積されているプラットフォームだから、コンテンツを拡散するためにYouTubeや記事にどう切り出せるかを、収録現場で専門のプロデューサーたちが随時話してくれるんですよ。いまの時代はメディアがフラットになってきているから、コンテンツの良し悪しだけじゃなく、届ける力が重要じゃないですか。

白武:そうだと思います。ABEMAは番組をやってることも知らない、まず見てもらえないってところからスタートする姿勢が根付いていていいなと思います。

橋本:地上波の番組はコンテンツの制作に力点が大きく置かれています。それは、数千万人が観ているという条件のもとでコンテンツを作ってきたから、コンテンツが強ければ勝てるところもあったんですよね。ただ、そうじゃない時代になってきたときに、番組をどう届けるかが勝負になってきます。テレビでもそのための研究が進んでいると思いますし、ABEMAのチームみたいな演出とPRが密に話し合いながら作り上げる環境は、すごく参考になると思います。

白武:よりチームで届けるということですね。

橋本:テレビは、マス向けのコンテンツを演出・プロデュースできる人間を10年かけて育てていく環境でしたけど、いまはそうじゃない戦い方もある。ネットで勝負できるエッジのきいたアイデアを誰かに伝えて形にしてもらうこともできますし、企画やロケや編集を全部を自分でできなくてもいい。

 それぞれの武器を持って、他人と連携しながらコンテンツを作っていく。時代としても、そういう流れになっていますよね。自分が他人になにを提供できて、他人からなにを吸収すべきか、それを考えながらどれだけ柔軟にコンテンツ作りに取り組めるかが、これからのクリエイターにとって非常に重要だと思っています。

白武:それでも予算をかけた、局をあげての大きいテレビの作り方を知っている人は強いなあと思ってます。いざ、予算が大きい、できることの幅が広がった場所で考えようとなったとき試されるなと。自分が小さく作ることに慣れてしまっていると思うので。

橋本:大きいものを作るには知識と技術が必要ですよね。実際、テレビで培ったスキルに、助けられると思うことは、いまもたくさんありますから。たとえば大掛かりなセットをデザインするとか、数百人のスタッフを束ねるとかは、ネットのコンテンツ作りだけではなかなか習得できませんし。

 一方でテレビマンも、いまの時代に合わせた形に自分たちの武器を変換していくやり方を、もっと勉強したほうがいいと思っています。YouTubeやTikTokのコンテンツクリエイターから学ぶことは山ほどあるし、一緒にコンテンツを作ることで刺激し合える点がたくさんあると考えています。

白武:橋本さんはいま縦型動画に興味を持って取り組まれていると思いますが、それはなぜなんですか?

橋本:いまの若い子は圧倒的に縦型動画をメインに観ているし、被写体の迫力や臨場感を考えても、今後縦型がメインカルチャーになっていくだろうと思うからですね。もちろん3〜5年のサイクルで、そのトレンドも変わっていくと思いますけど。

 僕は縦型動画を好んで見る世代ではないですが、縦のリッチコンテンツは成立するのかとか、芸人さんと一緒になにか面白いことができるのかとか、そういう興味を持って遊び方を考えています。

白武:これまで培ったものをどう生かせるか、という考え方ですよね。

橋本:そうですね。テレビで昼の帯番組やゴールデンのレギュラー番組を作ってきたことで、「夏休みの親子が一緒に昼に観るなら」とか「夜に家族で食事をしながら観るなら」といったように、いろんな視聴者の視点からコンテンツを考える感覚が養えてきたところはあります。縦型動画を作る際は、ベッドに寝転んでねる前に観る人の視点を想像したりして作ってますね。

白武:縦型動画自体の研究をしようって思ったことなかったです。そこに鉱脈があるかもしれないけど、なぜか捨ててしまってましたね。

橋本:でも僕も、お笑いをやりたいとか、ドラマを作りたいとか、そういった目的があるからこそ、縦型でどう遊べるかを考えているだけかもしれないです。ビジネスとして縦型動画に取り組もうとしても、クリエイターとしては気持ちが続かないと思いますしね。

テレビマンとしての“勘”から生まれた『愛のハイエナ』

白武:僕の場合、取り組もうと思った領域に関しては、どんなコンテンツがあるのか、どう戦えそうかとか、研究というか調べてウケてるものを見てから考えるタイプですね。せっかく作るなら、なぜ面白いのにウケてないのか、ハズレたのか、同じようなことをやるにしても新しく見せられないか?前の人たちの研究結果を受けて積み上げたい。

橋本:僕よりちゃんとしていると思います(笑)。僕はつい「この人面白いからこういうことしたい」とかでまだ動いちゃうところが大きいので。

白武:何かを作るときにマーケティングはしますか? ターゲットを設定するとか、どんな層にどう刺していくとか。

橋本:もちろん世代や性別のボリュームゾーンについて意識をしたり、どんな属性の人に向けて作るかを考えたりはします。観る人がどんなコンテンツを求めているかについても考えますし。

 でも、山本裕典さんがホストになるとか、木下優樹菜さんがキャバ嬢になるとか、そういうのを考えるのは「みんな観たいじゃん?」みたいな勘からです。最終的にどうぶっ飛んだ企画にジャンプするかを考えられるのが、テレビをやってきた人間の強みだと思っているので。

白武:それって、かなり勇気のいることですよね。

橋本:テレビでは日々ジャンプする訓練が必要とされますから。どこかで見たことがあるようなことをやっても、なかなか当たらないですし。人はやっぱり見たことのないものを見たい。クリエイター側も、誰もやらなそうなことをする方が面白いしですしね。

 もちろん、失敗すれば「なんでやったの」とか言われますし、怖いですよ。でも飛び続けていると、次第に慣れてくる。そうして磨いてきた勘が、よくわからないんですけど、根拠のようなものになっていくんだと思います。

白武:いや、すごいです。修行の成果というか、常に戦ってきたからできることじゃないですかね。

橋本:百発百中は無理でも、アベレージを上げていくしかないですからね。そうしていろんな人に信頼してもらって、予算を出してもらって、チームを組んでいくが今の仕事ですね。
気をつけているのは、コンテンツは絶対に合議にしちゃダメで、チームの誰かの思いつきにベットすべきだということです。それにみんなが全力になれるか、みんなで面白いと思えるかが、企画を決める上での一番の肝だと思っています。

白武:僕はできるだけはずさないよう、慎重に進めてしまいます。

橋本:それでいうと僕は、はずしたとしても関わった人に「面白かったな」と思ってもらえるものは作りたいと思っています。だって「面白いことをやる人だな」と思われなくなったら、クリエイターとして生きていくのは難しいじゃないですか。それは白武さんも同じで、白武さんなりの戦い方をしているなと思っていつも拝見しています。

白武:「面白いことをやる人だな」と思われなくなったらっていう意識、常に持ち続けたいですね。ついつい楽な方、成立してる方に流されることもあるので。

橋本:これからはもっと、誰のどんな思いがのったコンテンツなのかが重要な時代になっていくと思います。芸人さんや俳優さん、制作者の「こういうことをやりたい」という思いがのったコンテンツのほうが、より正直に伝わる。ラジオのイベントがあれだけ隆盛を極めているのも、そういうことじゃないですか。

白武:それはそうですね。芸人さんの単独ライブやYouTubeは、芸人さんが体現したいもの、脳みそをのぞいてるような気になるから好きです。

橋本:だから僕らは、そういう時代のあり方に対して率直に向き合って、貪欲にコンテンツを考えて、いろんな人とタッグを組んで作っていくべきだと思っています。

 僕自身は、プラットフォームの大規模なコンテンツもやりつつ、同時にそういう趣味を反映したコンテンツもやっていけたら、自分のなかでのバランスが良さそうだなと思っています。だから白武さんと僕は、方向は違うかもしれないけど、見えている景色はけっこう近いと思いますよ。

白武:いや、高さが全然違いますね。

橋本:そんなことないですよ。高くない。地べたを這って、やってます(笑)。今日はかなり一方的にしゃべっちゃいましたし、もっと白武さんに聞きたいこともいろいろあるので、それはまた食事をしながらでも話しましょう。

白武:はい、ぜひお願いします!今日はありがとうございました。

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