“記号化された暴力”には懸念も、高品質なアップグレード 『The Last of Us Part II Remastered』先行レビュー
アクセシビリティ機能を補完する「音声ガイド」、「音声振動機能」
PS4版からの改善点といえば、アクセシビリティ機能についても紹介する必要があるだろう。リリースされた時点で当時の水準どころか2024年の今でも最上位に位置するほどに豊富なアクセシビリティ機能を搭載していた『The Last of Us Part II』は、それ自体がゲーム業界全体に大きな変革を生み出すきっかけとなった重要な作品だ。特に、音声キューやナビゲーション機能といった視覚アクセシビリティ機能の充実は「目の見えないプレイヤーでもクリアできる」ということで当事者以外のプレイヤーにも大きな驚きを与えていた。
だが、実は同作において欠けていた要素があり、その中でも重要なのがカットシーンで描かれている事象を説明する「音声ガイド」機能である。近年では、『Forza Motorsport』や『Mortal Kombat 1』、そして『The Last of Us Part I』などに実装されている同機能だが、今回の『Remastered』にもしっかりと追加されており、オンにすることでカットシーン中に日本語によるナレーション音声を聞くことができる。具体的には、冒頭のシーンでは下記のようになる。
音声ガイド「弦のないテイラーギター。皺の刻まれた男の手が、蛾の描かれたネックを丁寧に磨く」
ジョエル「何でだろうな」
音声ガイド「白髪交じりの口ひげ。50代前半のジョエル」
ジョエル「ファイアフライにエリーを届けるだけのはずが…、国半分を一緒に横断したんだ」
実際の評価については当事者の意見を聞く必要があるが、合成音声ではない自然な女性の声で丁寧かつ詳細に読み上げられる内容については、筆者個人としては好印象に感じられた。また、こちらも『Part I』と同様に、聴覚に困難を抱えるプレイヤー向けの機能として、キャラクターの台詞に合わせてコントローラーが振動する「音声振動機能」も追加されている。
ただし、注意点もある。後述する追加コンテンツの「未公開ステージ」では(カットシーン自体が極めて少ないとはいえ)音声ガイド機能は実装されていないうえに、一部のステージに関しては日本語音声自体対応していない(もともとのアクセシビリティ機能自体は一通り対応している)。また、『Remastered』では追加コンテンツとして開発者や声優によるオーディオコメンタリー機能(英語のみ)が用意されているのだが、音声ガイド機能と同時に使用することは不可能だ。
また、これは余談だが、「音声ガイド」、「音声振動機能」の追加自体は歓迎するべきことなのだが、『Remastered』における追加要素が基本的には「完成されたものに新たな要素を追加する」のに対して、アクセシビリティ機能に関しては「不足していたものを補う」という意味合いが強いため、これらの機能に関しては無料アップデートで提供しても良かったのではないかと感じてしまうのが正直なところだ。『Marvel’s Spider-Man 2』の音声ガイド機能が現時点でも未配信のままであることも踏まえて、もう少しアクセシビリティ機能が手に取りやすい環境を整えてほしいと願っている。
インタラクティブな開発ドキュメントを楽しめる「未公開ステージ」
ここまで書いた内容が『Remastered』全体に影響するPS4版からのアップグレード内容となっているのだが、(筆者を含め)プレイヤーによっては画質云々よりもここから書いていく内容の方が気になっているという方は多いだろう。PS4版未収録の追加コンテンツ、「未公開ステージ」と「NO RETURN」である(また、本稿では詳しく触れないが、本編の要素を独立・拡充させた「ギター演奏」モードや、本編のクリア時間を競う「タイムアタックモード」、進化した「フォトモード」なども用意されている)。
まずは「未公開ステージ」(通称 : LOST LEVELS)からまとめていきたい。これはその名の通り、開発自体は行われたものの完成品への収録を見送られた中から3つのステージ(「地下水路」、「ジャクソンのパーティー」、「イノシシ狩り」)を実際に体験できるというものだ。
はじめに注意点をまとめておくと、これらの未公開ステージはあくまで開発初期段階のものとなるため、当然ながらキャラクターモデルや背景など、全体的な品質は完成版に遥かに劣る(一部は日本語音声自体が未実装だ)。また、あくまで物語の一場面を切り取ったものであるため、ボリュームに関してもかなり控え目だ。戦闘の場面もほとんどなく、プレイヤーによっては全てのステージを20分もかけずに終わらせることができるだろう。うっかりDLCのような感覚で触れてしまうと、恐らくかなり物足りない印象を受けるはずだ。
「未公開ステージ」において最も重要なのは、ゲームという表現手法を用いてストーリーテリングをする『The Last of Us Part II』という作品において、開発者側がどのような考えの元に制作を進めていたのかという背景をより深く知ることができるということだろう。その点において、これは単なる追加ステージというより、ニール・ドラックマン氏がステージの解説をする「イントロダクション映像」と、ゲームプレイをしながらステージ内の各ポイントで開発者自身による解説を聞くことができる「開発者コメンタリー」とセットで存在しているように感じられる。言わば、インタラクティブなドキュメンタリーコンテンツというわけだ。
興味深いのは、イントロダクション映像でニール氏が各ステージの解説に加えて「なぜ、最終的にカットされたのか」を説明しているのに対して、実際の開発者コメンタリーでは、レベルデザインや配置、ストーリーや視点の位置など、細部に至るまで詳細に設計意図が説明されており、あまりにも説得力に満ちているために、まるで完成版について語っているのではないかと錯覚させられることだ。とはいえ、冷静に考えれば当然のことなのかもしれない。開発元のNaughty Dog社は業界内でもトップクラスの作り込みで定評のあるスタジオであり、それを証明するかのように、どのステージも「なぜ、これが必要なのか」を徹底的に検討し、実際に制作し、納得がいくまで調整したうえでカットという決断に至っていることが感じられる仕上がりだ。普段、私たちがゲームをプレイしていて、そうした作り手側の想いを知ることができる機会はそれほど多くない。今回収録された「未公開ステージ」は、そんなゲーム開発の裏側を知ることができる、貴重かつ興味深いコンテンツになっている。また、これをプレイすることによって、本編における完成度の高さや、(特にある場面における)制作意図をより深く感じることができるはずだ。
ちなみに、これはあくまで個人的な予想でしかないのだが、今回披露された「未公開ステージ」の内容(特に「ジャクソンのパーティー」と「イノシシ狩り」)は、来るドラマ版では実際のシーンの一つとして組み込まれるのではないかと思っている。それはまさにゲームと映像という表現手法の違いに起因するものなのだが、(シーズン1がそうだったように)その違いを楽しむうえでも、いまのうちからこのコンテンツに触れておくと良いかもしれない。