“OpenAIのiPhone”誕生か? NVIDIAの隆盛と世界的GPU不足に対するOpenAIの秘策

 近年、世界経済に対して多大な影響力をもっていた大手テック企業グループの総称「GAFA」が見直され、新たな企業グループが注目されている。そのグループには、AI開発には欠かせない機器・GPU(グラフィックボード)を主力製品とした企業などが含まれている。そこで本稿では、その企業「NVIDIA」と主力製品をめぐる動向を確認したうえで、そこに関連してOpenAI社が水面下で進める“秘策”を解説する。

「GAFA」につづくビッグテック「MATANA」の一員に食い込んだNVIDIA

 Business Insider Japanは2023年9月29日、GAFAに続く新たな企業グループを解説した記事を公開した。この記事によれば、GAFAに続いて台頭した企業グループは「MATANA(マタナ)」と呼ばれる。
〈出典:【Q&A】MATANAとは。GAFAから変化する米ビッグテックには投資すべきか?

 大手テック企業名の頭文字をとった「MATANA」には、Microsoft(マイクロソフト)、Amazon(アマゾン)、Alphabet(アルファベット:グーグルの親会社)、そしてApple(アップル)といった「GAFA」にも名を連ねていた企業が含まれている。MATANAになって新たに加わった企業は、「NVIDIA(エヌヴィディア)」と「Tesla(テスラ)」である。一方で、GAFAの一角を占めていた「Meta(メタ:旧Facebook)」は成長性が相対的に低いと見なされて、支配的テック企業グループから除外された。

 MATANAのうち、AmazonやAppleのような一般消費者が頻繁に利用するサービスや製品を提供している企業は、その影響力を生活のなかで理解しやすい。Teslaについても、高級EV車メーカーとしてよく知られているだろう。こうしたなかで、NVIDIAの主力製品について即答できる一般消費者は、AmazonやTeslaと比較すると少ないかも知れない。

 NVIDIAはGPUのトップメーカーであることによって、「MATANA」に名を連ねるようになった半導体メーカーだ。GPUとは「Graphics Processing Unit」の略称で、画像処理装置のひとつである。ゲーミングPCの描画性能向上のために使われることが多く、そのためPCゲーマー以外の一般消費者からすると同製品は少々縁遠いものだろう。

 ところが、『ChatGPT』の流行に端を発した生成AI時代の到来によって、GPUはゲーム以外の文脈でも大きく注目されるようになった。というのも、同製品は生成AIの開発と運用に不可欠だからである。生成AIを開発・運用するには莫大な量の演算が必要となるのだが、こうした演算を効率よく実行できる装置として、GPUがうってつけなのだ。

 生成AIの開発競争が激化するにつれて、GoogleやOpenAIといった大手AI企業が大量のGPUを奪い合うようになった。このような背景により、NVIDIAは急速にその地位を上げていった。同社の地位向上は株価に表れており、2023年1月3日では143.15ドルだったが、同年10月30日には約2.9倍の411.61ドルとなっている。

『ChatGPT』の開発に使われたGPU数は約1万基

 では、具体的にどのくらいの量のGPUが生成AI開発に必要なのだろうか。こうした疑問に関して、Impress Watchは2023年7月19日、NVIDIA日本法人でテクニカル・マーケティングマネージャーを務める澤井理紀氏のプレス説明会における発言を報じた。同氏によると、『ChatGPT』の開発過程で行われた莫大なテキスト情報を学習するプロセスにおいて、約1万基の同社製GPUが数週間にわたって演算を実行した、とのことだった。
〈出典:NVIDIA、「ChatGPTはAIにおける"iPhone"モーメント」

 GPU市場の動向については、2023年7月に公開され同年9月に更新された記事『NVIDIA H100 GPU:需要と供給』がよく参照される。この記事によると、2023年3月に発表された『ChatGPT』を凌駕する対話型AI『GPT-4』には1万から2万5,000基のNVIDIA製GPUが利用されたと推測される。さらに現在水面下で開発が進んでいると思われる『GPT-5』については、3万から5万台の『NVIDIA H100 Tensor コア GPU』が必要、とイーロン・マスク氏は予想している。ちなみに、『NVIDIA H100』はNVIDIA製データセンター向けGPUの最上位モデルであり、価格は1基およそ5百万円となっている。
〈出典:Nvidia H100 GPUs: Supply and Demand

 日本国内では2023年9月28日、AIスタートアップ・Preferred Networksが大規模言語モデル「PLaMo™-13B」を発表した。このモデルの開発には産業技術総合研究所が管理するAI橋渡しクラウド(AI Bridging Cloud Infrastructure:略称「ABCI」、以下の画像も参照)が使われたのだが、同クラウドには『NVIDIA H100』より廉価な『NVIDIA A100』が960基搭載されている。
〈出典:日英2言語対応の大規模言語モデルPLaMo-13Bを研究・商用利用可能なオープンソースソフトウェアライセンスで公開
〈参考ウェブページ:ABCIについて「計算資源」

NVIDIAに依存しないAI開発を目指す企業たち

 前述のようにAI開発には大量のGPUが必要となるため、生成AIが流行している現在、高性能なNVIDIA製GPUをめぐってAI企業間で争奪戦が生じている。AI企業は、1基でも多くの同社製GPUを買い付けるためにしのぎを削っているのである。

 もっとも、言わば“NVIDIA頼み”の現状を脱却して、世界的なGPU不足に対処しようとする動きもある。GPUが足りないのであれば、代わりとなるものを作ってしまおう、と考える企業があるのだ。

 自前でAI開発用計算資源を開発している企業のひとつは、OpenAIと並ぶAI企業最大手のGoogleである。同社クラウド部門が2023年9月15日に公開した公式ブログ記事は、同社が開発したAIチップ『TPU v5e』を紹介している。「AIチップ」とは、AI演算処理に特化した半導体であり、画像処理にも使われるGPUより消費電力が小さいなどの特徴がある。『TPU v5e』は1ドルあたりの演算パフォーマンスに優れており、前世代モデル『TPU v4』と比較して最大2.5倍の演算能力を発揮する。
〈出典:Cloud TPU v5e が大規模な AI 推論を高速化

 Metaも2023年5月18日、同社製AIチップ『MTIA v1』を紹介する記事を公開している。第1世代となるこのチップは、複雑でないAI演算であればGPUを超えるパフォーマンスを発揮するものも、複雑なAI演算ではまだGPUに及ばないようだ。同社は今後もAIチップ製造を継続して、その性能を上げていく予定である。
〈出典:MTIA v1: Meta’s first-generation AI inference accelerator

 日本国内に目を転じると、2022年8月に設立された国内半導体メーカーのラピダスがGPU不足を解決してくれるかもしれない。Nippon.comが2023年8月8日に公開した同社の小池淳義社長にインタビューした記事によると、同社は中規模の量のAIチップを顧客のニーズに合わせて製造することを目指している。
〈出典:新たなコンセプトで先端ロジック半導体製造へ:ラピダスの小池淳義社長に聞く(前編)

“OpenAIのiPhone”はスマホにあらず?

 GPU不足をめぐっては、OpenAIも対応策を講じているようだ。ロイター通信は2023年10月6日、同社が自社製AIチップの製造について検討中であると報じた。自社製AIチップ製造とは違う選択肢として、半導体メーカーの買収も検討しているとも伝えている。
〈出典:ChatGPT-owner OpenAI is exploring making its own AI chips -sources

 以上の報道より少し前の2023年9月28日、The VergeはOpenAI社のCEOであるサム・アルトマンと、元Apple最高デザイン責任者を務めていたジョナサン・アイブ(Jonathan Ive)氏が会合したと報じた。この会合ではOpenAIとしては初めての消費者向け製品の開発について話し合われ、ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏が資金提供をするとも伝えられている。ちなみに、孫氏はNVIDIAのライバル企業であるArmの株式を90%保有している。
〈出典:Details emerge on Jony Ive and OpenAI’s plan to build the ‘iPhone of artificial intelligence’

 The Vergeの記事によると、OpenAI初の消費者向け製品は平面的なスクリーンが中心とならない、あらたな操作方法が使えるものを目指している可能性がある。つまり、OpenAI製品はタッチスクリーンを介した操作が中心となっている現在のスマホのようなデバイスになるとは限らないのだ。

 以上のロイター通信とThe Vergeの記事にもとづけば、OpenAI初の消費者向け製品に関する次のような推測が可能だろう。この製品にはOpenAI製AIチップが搭載され、さまざまなAI演算に最適化されると考えられる。そして、その設計は現在のスマホのようなものではなく、AI技術を活用した新たな操作感を実現するかも知れない。

 こうしたOpenAI製品が登場すれば、それは”OpenAIのiPhone”となるに違いない。この表現は、”OpenAI製スマホ”を意味していない。そうではなく、ちょうどAppleの代表的な製品が『iPhone』であるように、OpenAIを代表する製品となる、ということを言わんとしている。

 現在の世界的GPU不足は、生成AI文化の普及における懸念材料となっている。しかしながら、この懸念に対処することを通して、新たなAIの技術や文化が生まれる可能性もある。そして、そうした可能性のひとつである”OpenAIのiPhone”は、もしかしたら”スマホの次の時代”を切り開く存在なのかもしれない。

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