「奇跡のような1年半だったのかも」キーパーソンに聞く『なつもん!』誕生秘話 綾部和×和田康宏インタビュー
想定以上だった発売後の反響
――先ほど言及されていた制作期間の短さについてなのですが、『なつもん!』は実際にどのくらいの期間で開発されたのですか?
綾部:最初にお話をいただいたのが2021年の夏、予算についての話し合いが始まったのが2022年1月ごろでした。実質1年半でリリースまでこぎつけた感じですね。
和田:夏休みを題材にしたゲームなので、夏休みより前の時期にはリリースされている必要があったんです。一方で、発売日を1年先延ばしにしてしまうと、Nintendo Switchのマーケットが成熟したタイミングを逃してしまう可能性もありますよね。だからこそ、この夏というタイミングが、『なつもん!』が挑戦する土壌としてベストと判断しました。その結果、全員が120%の力で走り続けることになりました。
――昨今ではトレンドジャンルともなっているオープンワールドですが、AAAタイトルでも不具合が多かったりと、プレイヤー目線でも開発の難しさを感じる場面が少なくありません。一方で、『なつもん!』が1年半という短い期間で十分なクオリティに達したのは、作り方などに工夫があったからなのでしょうか?
綾部:私は大切な要素が3つあったと考えています。
1つは、制作期間の短さが前提にあったため、はじめからAAAタイトルのような大規模なゲームを目指さなかったこと。2つめに、開発に携わってくれたアプシィ株式会社のみなさんの技術力が高かったこと。
――なるほど。そういった条件を満たすことができれば、短い期間でも十分なクオリティでオープンワールドを実現できるということですね。
綾部:3つめはその1年半の前にいままでのゲーム開発の経験が、僕自身、30年以上あることですね。スケジュールが少ない前提だからこそ、こうすれば早い、クオリティーも出せる、やりなおしが少ない、というノウハウをなるべく入れたり、開発側にも伝えました。仕様も試行錯誤せずにすむよう具体的に出せるものは出しましたし、とにかく今回は、他のスタッフの方々にもたくさんの経験の蓄積がありました。僕や和田さん、アプシィさんを含め、関わったすべての人の、これまで蓄積してきたノウハウやパワーを結集できたから、成功につながったんだと思います。発売元のスパイク・チュンソフトさんからは、「奇跡のような1年半」と言われました(笑)。
――開発途中の手応えはいかがでしたか?
綾部:85%くらいのところまでは、不安も抱えながら作っていました。本当に面白い作品にできるのか、と。けれど、ゴールが近づき、いちプレイヤーとして遊んでみたら、ちゃんと面白かったんですよね。これはいけそう、という実感が出てきたのは、そのころからでしょうか。
――発売後にはSNS上で話題となり、瞬く間に認知されていきました。そのような広がり方は想定の範囲内でしたか?
綾部:私自身がプレイして楽しかったので、ある程度の反響はあるだろうと思っていました。が、実際はそれ以上でしたね。作っている側としてはニッチな層に向けたゲームという認識だったんですが、思っていた以上に一般性のあるものだったんだなと、発売後の広がりを目にして感じました。
――作っている側の手応えと、受け手側の評価は必ずしもイコールにならない面もあるかと思います。そのあたりのギャップも意識しつつ、控えめな想定だったということでしょうか?
綾部:そうですね。一人のクリエイターとして、自分が面白いと思えるものを作っている自負はあるけれど、プレイヤーも同様に感じてくれるかは、正直なところ、自信がありません。今回はそのギャップがあまりなかったようですね。
――キャラクターデザインにヒョーゴノスケさんを起用したことも、『なつもん!』の世界に色を添えていました。
綾部:はい、そうです。ずっと前から彼の描くキャラクターが好きで、いつか一緒に仕事できないかと考えていました。
ヒョーゴノスケさんは昔、ご自身で『ぼくなつ』に似たタイプのインディー作品を作ったことがあるんです。私はそれを気に入っていて。今回ご一緒することが決まったタイミングでその話をしたら、ビックリしていました(笑)。
――そんなところにもおもしろいエピソードがあったんですね。
綾部:あと、プレイヤーのみなさんには、ぜひサウンドまわりも注意深く味わってほしいです。ゲームが9割くらい完成した時点で配置されていた環境音を微調整したくなって、ギリギリのタイミングでサウンド担当のノイジークロークさんまで出向いて、数時間、音質や個々のボリュームをいろいろ実験してもらったんです。
一般的なゲーム制作の現場では、「もうこれでいいや」となりがちな部分なんですが、私のなかでは、「もっと気持ちよくできるはず!」という確信があって。
たとえば、『なつもん!』では、自動販売機に近づくと、現実でそうしたときのような機械の動作音が聞こえます。当初はかすかに鳴っている程度だったんですが、没入感を高めるために、はっきり聞こえるように変えてもらいました。作業は半日ほどだったんですが、いくつかの要素を、いっしょに調整していったら、そこで担当スタッフに音の世界観のようなものを理解してもらえて。以後、ゲーム全体の音が、見違えるように瑞々しい感じになったと思います。
実はノイジークロークさんとのあいだにも、10年以上のお付き合いがあります。あと、イベントスクリプトは、ぼくなつシリーズの全タイトルをずっといっしょに作ってきたアクリアさんに手伝ってもらってます。ここにも長い歴史の蓄積がありました。
意外だった“良子おねえさん人気”。DLCや続編の可能性も?
――SNSなどでプレイヤーの反響を検索することはありますか?
綾部:調べていますね。どんな意見があるのか、どんなふうに遊ばれているかがやっぱり気になります。僕は37年前にアーケードゲームの会社でキャリアをスタートさせたんですが、アーケードは家庭用とは違って、ゲームセンターに行けば、プレイヤーが遊んでいる様子を延々と、見ていられるんですよ。ロケテストに出して、表情をじっと見ていて、その反応をゲームのチューニングに活かせる。そういう環境が当たり前の世界を経験してるので、反響がわからないのはちょっと不安なんです。
――意見を参考にすることも?
綾部:もちろんあります。僕は常々、ゲームクリエイターは老舗旅館の女将の気持ちでプレイヤーのことを考えるべきだと思っていて、適度な距離感を持ちつつ、お客さんが喜んでくれるものを作るのは当たり前だと思っています。だから反響は大切にしています。
――国産オープンワールドの成功作品に挙げられる機会も多い『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド』と比較する声も、なかにはありました。そのような意見に対する率直な感想をうかがえますか?
綾部:まあ、ポジティブな反響が多かったのでうれしいです。実際に操作系は『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド』を意識してますし、国産オープンワールドでは一番遊ばれているゲームですからね。とはいえ、開発全体の規模が違うので、参考にできる部分は参考にしつつ、あきらめることはあきらめる必要があると考えていました。
――短い制作期間で高い完成度を実現できた背景にもつながってきますね。
綾部:そうですね。
――そのほかで目にしてうれしかったプレイヤーの声はありましたか?
綾部:ポジティブな声はどれもうれしいんですが、特筆するものがあるとすると、(NPCの)良子ちゃんに人気が出たことでしょうか。実は彼女、完全にその他大勢のいわゆるモブキャラなんです。個性のある仕上がりになってますが、正式な名前も、ヒョーゴノスケさんのデザインもなく、シナリオもなく、キャラ設定の段階ではまったく存在しなかった子なんです。それがゲームの構造の都合で、モブにも全員、名前や音声が必要となり、とくに彼女は一番最後まで役割が決まっていなかったから、「この仕事のキャラがいない」「こっちもいない」といろいろ足りない要素がでてきたときに、便利な存在として、全部彼女にやらせてしまいました。まさかの大活躍。予想外の人気まで出てしまいました。
『ぼくなつ』シリーズに詳しい人でも気づいてないかもですが、私が作ったゲームにはこれまでも、「良子」というキャラクターが何度か登場していて。彼女もそのうちのひとりなんですが、これまでの良子ちゃんの中で、一番の売れっ子になってしまいました。
そんな彼女が出ることが、このコミュニティを象徴する出来事のような気がして、とてもうれしく感じています。セリフを考えるのが楽しくなってきたせいで、予定より多めにしゃべったり、登場頻度がさらに増したキャラでもあります(笑)。
――そのような裏側があったんですね。このエピソードを聞いて、さらに熱烈に彼女を応援するファンが出てきそうです。
綾部:そうなると、うれしいですね。
――一方で、アップデートや、『なつもん!』を含めたシリーズ全体のロードマップにもユーザーの関心が向いています。今後について、決まっていることはありますか?
和田:アップデートについては、8月28日にリリースしたものに加えて、今後も細かい調整を含めたパッチを配信する予定です。まずは今の『なつもん!』を最善の形にしていけたらというところですね。
――先ほどうかがった商店街の屋根まわりの体験がアップデートで改善される可能性も?
綾部:あ、それはもう、発売日のパッチですでに対応しています。でも今後、さらに良くなるかもしれません。
――DLCや続編についてはいかがですか?
和田:それについては、2人だけで決められない部分もありますからね。発売元のスパイク・チュンソフトさんが前向きに考えてくださるなら、私たちとしてはぜひ取り組みたいです。
ただ、今回のように短い期間であれだけのものができるのは、ミラクル以外の何物でもないんですよね。こんなことは何度も起きることじゃないと分かっているので、今度はしっかり制作期間を用意して臨みたいです。そうすれば、シナリオを催促して綾部さんに嫌われることもないですし(笑)。
綾部:出来上がったテキストのうち、私が書いた分を見返したら、『ぼくなつ』の2倍くらいの量でした。それでも『ぼくなつ』みたいにほぼ全部書いたわけではなく、全体の8割くらい。キャラ移動中のセリフなど細かい部分も入れたら6割くらいでしょうか。自分で言いだした締め切りにぜんぜん間に合わなかったり、かなりスタッフの方々に助けてもらって完成したゲームです。
和田さんにもまだ話していないことなんですが、実は続編の設定を構想し始めています。このアイディアが日の目を浴びるかは、ファンのみなさんと、スパイク・チュンソフトさん次第ですね(笑)。
和田:せっかくプレイヤーのみなさんに愛されるタイトルとなったので、時間をかけて育てていきたいですよね。
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