「奇跡のような1年半だったのかも」キーパーソンに聞く『なつもん!』誕生秘話 綾部和×和田康宏インタビュー

キーパーソンに聞く『なつもん!』誕生秘話

 2023年7月28日の発売以降、実況・配信や、SNS上の口コミなどを通じて、支持を拡大し続けている『なつもん! 20世紀の夏休み』(以下、『なつもん!』)。「夏休みを体験するアドベンチャー」として有名な『ぼくのなつやすみ』の精神的続編とも言えるタイトルだ。

 『なつもん!』は、どのような想いのもとで制作されたのか。『ぼくのなつやすみ』シリーズのゲームデザイナーであり、本作でも原作・脚本・ゲームデザインを務める株式会社ミレニアムキッチン代表・綾部和氏、『牧場物語』シリーズのプロデューサーであり、本作に開発として携わるトイボックス株式会社代表・和田康宏氏にお話を伺った。

 制作におけるキーパーソンとして、『なつもん!』誕生の裏側を知る2人。2023年夏を代表するトレンドタイトルの知られざるエピソードとは。(結木千尋)

『ぼくなつ』は誕生したときからオープンワールドだった

――『なつもん!』の発売、おめでとうございます。

綾部和(以下、綾部):ありがとうございます。

――今日は制作の裏側について、さまざまな面からお話を伺えればと考えています。よろしくお願いします。

和田康宏(以下、和田):クリエイティブな部分は綾部さんが中心となって制作していて、僕はそのイメージの実現に向けて開発面からサポートする形で携わっていたので、基本的には綾部さんから答えてもらうようにしますね。

――早速ですが、『なつもん!』といえば、『ぼくなつ』×オープンワールドという個性が印象的です。なぜシリーズの精神的続編をオープンワールドで形にしようと考えたのですか?

綾部:まず、大前提として『なつもん!』は『ぼくなつ』シリーズのゲームではありません。これ重要です。でも、過去の作品から影響を受けていますから、僕が作った一連の夏休みゲームの話として、流れを語ることはできます。

 『なつもん!』をオープンワールドにした理由は2つあって、結局、これはニワトリと卵なんですが、僕は「自由度が高くて、その世界を散策できるゲーム」が好きなんですよ。すべてうまくいってるわけではないけど、その理想形をめざしました。あと、もうひとつはオープンワールドというジャンルが一般化してから気づいたことなんですが、そもそも「『ぼくなつ』は最初からオープンワールドだった」のだなあと。

 シリーズ第1作の『ぼくのなつやすみ』を作っていたとき、まだオープンワールドになる前の『Grand Theft Auto』を遊んで影響を受けてますが、それとは別に、たとえば『レッド・デッド・リデンプション』などを触ってると、わざわざ寄り道して夕陽を見たくなったり、頭で感じるゲームの感覚がうちのゲームとすごく似てる瞬間があるんです。『ぼくなつ』シリーズは画面がつながっておらず、区切られているじゃないかと、言われるかもですが、あれはカメラが区切られているだけであって、コントローラーの操作は主観視点のゲームと同じ設計で、空間を超えて連続してますから、世界は全部つながっているんです。構造的にも遠くに見える山や、隣の島まで、歩いたり泳いだりして実際に行けますし、泳いで行ったら途中の距離の省略もありません。島と島の間の海底まですべて存在します。シナリオも一本道ではなく「勝手に遊べ」なので、個々のゲームプレイが生み出すナラティブな要素の方が大きい構造です。

 2Dゲームだから一見オープンワールドには見えませんが、『ぼくなつ』は最初からオープンワールドにかなり近い体験性を持ったタイトルだったんです。

――なるほど。つまり、ハードの進化、開発技術の進歩によって、表面的に分かりやすい形で実現しやすくなった?

綾部:そういうことです。大きな進路変更だと思われがちなんですが、実際は正統進化ですね。当時はそもそもジャンルが生まれてなかったから、あの時点でできることを工夫して、組み合わせた結果なんですが。たとえば夕方などに連れ戻される以外は、時間もずっとつながっていて、途切れたり、ショートカットできない世界なんです。「ウソのないバーチャル体験」を、かなり意識して作ってました。

 ちょっと面白いエピソードがあって。『なつもん!』の最初の打ち合わせで、トイボックスの金沢(十三男)さんが僕に「『ぼくなつ』はオープンワールドですよね」って言ったんです。同じことを考えている人がいたんだと、うれしくなってしまいました。

――舞台に20世紀の夏休みを選んだのは、どのような着想からだったんですか?

綾部:1999年というのは、僕のこれまでのゲームでやってない時代だからですね。古くも新しくもない時代です。

和田:携帯電話を所持していることが一般的になる前くらいのイメージでしたよね。

綾部:そうですね。便利な道具が存在すると逆に、描けないものが増えるんです。キャラクター同士のコミュニケーションひとつをとっても、「なんでここで直接電話しないの?」みたいになったりするじゃないですか。携帯電話もインターネットも普及していない、現在から見れば、ある意味で不自由な時代を体験させたいと思いました。

意識してきたのは「子どもの夏休みであること」と「自由度の高さ」の親和性

――『なつもん!』は『ぼくなつ』シリーズに分類されるタイトルではないという言葉がありましたが、過去の作品から継承したかった部分はありますか?

綾部:日常のどうでもいいことが、特別な体験になるような仕組みは踏襲したいと思いました。たとえば、絵日記のシステムですね。毎日を繰り返していくゲームなので、ちょっとした出来事を、プレイヤーにどんなふうに特別に感じてもらうかが大切だと考えました。

 絵日記はイベントを実際に見たことに対するご褒美的な意味もあり、あとから見返して楽しめる要素でもあります。本物の思い出が、たまっていくような感覚で触れてもらえたらうれしいです。

――逆に刷新したかった部分は?

綾部:オープンワールドになると、思いがけない道筋で遊んでもらえたりすることがありますよね。ゲームというのはデジタルな創作物ではあるんだけども、そういう世界だからこそ味わえるアナログ感みたいなものは、過去の作品から発展させたいと考えました。今までは家の裏の小路なんかが見えなかったけど、この回は見えるから、むしろそこをしっかり作りたい、という感じでした。

――では、『ぼくなつ』×オープンワールドの世界を実現していくうえで、想定よりうまくいった点は?

綾部:フィールドや、マップの設計といった基礎部分の開発はスムーズだったかなと。今回は企画段階から制作期間が短いことが分かっていましたから、ベースになるような箇所は、なるべく最初から、完成形をかなり意識して、試行錯誤しなくても済むように進めました。

――一方で、苦労した点もありましたか?

綾部:コンセプトや情報をスタッフ間で共有することですね。ギリギリのタイミングでの対応となった箇所もありました。

 今作では壁を登れることが特徴的なアクションのひとつとなっています。そのうえで開発チームは、山などを登る前提で、構成を考えたりアイテムを置いてくれたんですが、僕は山だけではなく、商店街の屋根の上とか、日常生活に近い場所も、同じように冒険の場にしたかったので、そこは意思統一がうまくいかなかったですね。ギリギリになってアイテムを置いたり、バランス調整することになりました。

和田:また、苦労してようやく行ける場所はたくさんあったけれど、手間に見合うリワードを用意できていない部分が、発売直前まで残っていたりもしました。多めのお金だったり、レアな宝石だったり、相応の対価があるべきなのに準備ができていなかった。そのあたりを綾部さんが最終段階で修正し、製品版が完成しています。

綾部:おそらくプレイヤーの方からすると、そこまで不満に感じるような部分ではないと思うんですが、僕のこだわりとして、もう少し達成感を味わえるようなものにしたかったんですね。

――発売前に対応はしたけれども、もっとやれることがあったかもしれないと。

綾部:そういうことですね。

――商店街の屋根に登るような設計にしたかったのは、どのような意図があってのことなのでしょうか?

綾部:主人公のサトルを、プレイヤーが感情移入できるようなキャラクターとして存在させたかったんです。2,000メートル級の高い山でもがんばれば登れますが、家の壁や商店街の屋根の上にいた方が、子どもらしい身近な体験ですよね。

和田:子どもって大人からすると大して高くないような場所でも、得意げに登って見せることがあるじゃないですか。「少年らしい衝動から得られる体験を重視したい」と、綾部さんは最初から言っていましたよね。

綾部:実は、もし『なつもん!』がもっと売れたら、影響された子どもたちが、家の屋根や電柱のような危ない場所に上がってしまって、保護者から怒られるんじゃないかと思ってたんです。そういう意味では、今のところ、良い報告しかないですね(笑)。

和田:そういえば、滑空の要素についても、最初のイメージと出来上がりに違いがありましたよね。

綾部:そうそう、本当はこんなに気持ちよく滑空できるつもりじゃなかった。多少は便利だけど、それほどは役に立たないくらいのイメージでした。「天狗のマント」を使ったときに流れる曲が、「飛びながら落ちる」という名前なんです。そのことからも分かるとおりです。でも、プレイヤーの皆さんには、その気持ちよさを楽しんでもらえているようなので、結果としては良かったことなのかも。

――そうだったんですね。お話をうかがっていて、「子どもの夏休みであること」と「自由度の高さ」の親和性を、ずっと意識しながら制作されてきたのだなと感じました。

綾部:まさにそのとおりです。

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