長髪タトゥーの店長、400万円以上赤字の飲食店がTikTokで黒字化 “ストーリー性”と“謙虚さ”が広告効果に?
多くのアクティブユーザーをかかえるTikTokは、いまでは大手企業の広告を投下するプラットフォームとしても重要な存在となった。一方で、「赤字でピンチの飲食店を救う」という事例があることもご存知だろうか。
本記事ではTikTokを活用し、赤字のビストロがTikTok上で展開したあるストーリーによって起死回生し、『TikTok上半期トレンド大賞2023』にも選ばれた事例を紹介し、ビジネスにおけるTikTokの活用法を考察する。
今回の主役は東京のビストロ『PLUCK AND PLANT』だ。2022年10月にオープンしている。
立地は駅周辺に大型の商業施設がない池尻大橋駅の近く。さらに店舗は地下にある。自然に客が入ってくる立地ではない。立地のせいもあってか、『PLUCK AND PLANT』は開店初月から4ヶ月連続、100万円以上の赤字を出していたという。
そんなビストロを救ったのは、店長のkj氏が2023年2月に開設したTikTokアカウントだ。
@pluck_and_plant 今度こそ諦めたくない! 大学の就活では100社落ち、思い切って美容師になろうと美容学校に進んだがそこでも就活に失敗した。 会社員も美容師も諦めた僕は学生時代から働いてきた飲食の世界で生きていくことに決め、34歳まで修行してきた。 そろそろ地元に戻って自分の店を出そうと考えていた頃に@miya【ドライフラワー】 に誘われPLUCK AND PLANTの店長になった。 しかしオープンして4ヶ月、お店は赤字続きでこのままだと潰れてしまう。 お店の良さを広めたいと思い、先日TikTokをダウンロードした。 どのような投稿をすればいいかアドバイス頂けると嬉しいです。 僕は最後まで諦めたくない #PAPFJO #ビストロ #池尻大橋 #初投稿 ♬ Tips. - Green Assassin Dollar
1つ目の投稿では長髪にニット帽、右腕にタトゥーが見える店長が、真顔で黙々と店の運営と調理を行っている姿が映し出されている。キャプションによると、店長は就活に失敗する挫折を味わった後に、飲食業界で修行をし、34歳でやっと店長として店に関わっているようだ。動画では赤字続きであることを明かし、最後には「黒字化を目指すにはどうしたらいいのだろうか?」と視聴者に疑問を投げかけている。
店長の問いに、906件ものコメントが寄せられた。意見は大きく分けて2つにわかれた。店と店長本人の「清潔感」「衛生面」を改善すべきという具体的かつ厳しいアドバイス、そしてアドバイスに同意しつつ「素直にやってほしい」「頑張ってほしい」というエールだ。
1週間後に投稿された2つ目の動画は、さらに大きな反響を得た。「果たしてこれで合っているのだろうか」と問いかけた動画には、前回とは打って変わった店長の姿が。髪は短く切られ、タトゥーを隠す長袖のシャツをまとい、笑顔を見せていた。動画には前回を超える1395件のコメントが寄せられた。
その次の投稿では動画の視聴者が来店してくれたことを報告。「足を運んでくれたことだけに満足せず、しっかりと美味しいと思ってもらえるよう頑張ります!」と語る。
店長が投稿した3本の動画を観ると、挫折を経験した人が、アドバイスを求め、謙虚に取り組み、結果を出した一連のストーリーが見てとれる。合計でたったの2分にも満たない3本の動画で、感情を揺り動かされる。応援したいと思う人も多いのではないだろうか。
@pluck_and_plant もしこのお店が潰れてしまったら、地元に帰りまた一から出直して自分のお店を開こうと考えていました たくさんの厳しい意見やアドバイスがなければ、自分がいかに世間一般の常識が欠けているのかを気付くことはできず、多分地元でお店を開いても同じ結果になっていたと思います SNSに疎い僕ですがお店のために何かできないかと思いTikTokを始め、想像を遥かに上回る反響で初めは怖くてあまりコメントを読めませんでした でも今思うと、あの時目を背けなかったからこそまだお店を続けることができています 嬉しいコメントや声を掛けて頂くことも増え、僕の作る料理を食べに来て頂けるお客様のおかげで毎日楽しく仕事ができています これからもお店を続けていけるように頑張ります、ありがとうございました #PAPFJO #ビストロ #池尻大橋 ♬ Tips. - Green Assassin Dollar
店の行く末が気になったのか、店長が存続可否を判断すると決めていた「開店から半年後」の3月の売上を報告する動画は、120万回以上も再生されている。
『PLUCK AND PLANT』の成功パターンは、昨今「プロセスエコノミー」や「応援消費」と呼ばれる消費行動を喚起している。生産過程やそれに伴う工夫や努力などのプロセスを見せることで、自分ごととして応援してもらい、選んでもらう流れだ。昨今は質が高いといった「機能的な価値」があるのは当たり前。それに加えて「情緒的な価値」、とりわけブランドや商品を選ぶ理由としての「ストーリー」が求められる。
「プロセスエコノミー」と「応援消費」にTikTokは一役買いやすい。TikTokが短尺の動画をアルゴリズムで見せるプラットフォームだからだ。
短尺であっても動画には多くの情報を詰め込むことができる。短い分、複数の動画を見るハードルも低く、一連のストーリーを見てもらいやすい。
『PLUCK AND PLANT』の動画は問題提起を起点にし、視聴者を巻き込んだのも秀逸だ。動画で問題提起し、視聴者からのコメントに応え、それをまた動画にする。インタラクティブ性のあるストーリー展開がなされている。
ストーリーの続きを見てもらうのに、TikTokのアルゴリズムも一役買っているだろう。前の動画を最後まで視聴完了していたり、コメントを残すなどのエンゲージメントがあったりした人のおすすめ欄には、クリエイターの次の動画、つまりストーリーの続きが表示される可能性が高い。前述の通り、『PLUCK AND PLANT』は問題を提起しており、それに応える形でコメントを残したユーザーが多かったが、コメントしたユーザーには次の動画が表示されやすくなったのだろう。
うまく活用すれば、TikTokはストーリーやプロセスを見せていくことに適したプラットフォームだと言えそうだ。
しかしここまで頭で理解していても、実際にすべてをさらけ出して、見ず知らずの人からのアドバイスに従うことは心理的に難しい。店長の謙虚な姿勢があり、ユーザーの意見を素直に聞いて実行したからこそ、さらに応援してもらえたのだろう。筆者も店長の努力と逆転劇には心動かされた。
気になった人は、動画を見て、ぜひお店を訪れてみて欲しい。これが身近な「応援消費」につながる行動だから。