バーチャルの世界で、“殺し屋”として生きるーー洋画系ロールプレイ団体「ホテル・カデシュ」に見る、『VRChat』と映画の可能性

「ホテル・カデシュ」の魅力を語る

 映画は、素晴らしい物語を提供してくれるエンターテインメントであると同時に、それを観た人に「もしも」を想像する楽しみをもたらしてくれるものだ。もしもヒーローになれたら、もしも闇世界の住人になれたらと思い描いたことが、誰しも一度はあるのではないだろうか。

 ソーシャルVR『VRChat』の世界では、その「もしも」を追い求めて全編『VRChat』で撮影された映画を自主制作している人たちがいる。本稿では、そうした団体の一つ、洋画系ロールプレイ団体「ホテル・カデシュ」を紹介しよう。

 「ホテル・カデシュ」は、「映画のような時間を、あなたと。」をコンセプトに、イベントや映像作品、ゲームワールドと、「映画の世界」を軸に活動する団体だ。その活動内容の肝となるのは、「洋画系ロールプレイ団体」という名の通り「ロールプレイ」である。

 一口に「ロールプレイ」といっても、実際のところどんなことをするのだろうか? 筆者も実際に「ホテル・カデシュ」が主催するイベントに参加してみたので、その際の感想をお伝えしよう。

丁寧に作り込まれた世界観が魅力 殺し屋の集うホテルの住人としてワールドに参加

 会場は海外の歴史ある高級ホテルのような雰囲気で、参加者はスーツやドレス姿など、ドレスコードに従ったアバターに着替えてくる必要がある。アバターであれば、自分のなりたいように性別・背格好・見た目を自由に決められる。現実では、努力しても超えられない壁であっても、アバターであれば気軽に超えられるのである。そうして普段とは違う自分の姿で、普段の生活では足を運ばない場所へと出向くと、会場の雰囲気も相まって自ずと役になりきることができる気がしてくるのだ。

「ホテル・カデシュ」の世界観は「殺し屋たちの緩衝地帯の役割を果たすホテル」

 イベントには「ホテル・カデシュ」のキャストたちも登場するのだが、参加者とイベント運営側に隔たりを感じさせない取り組みも面白い。というのも、「ホテル・カデシュ」のキャストたちは、あくまでも参加者を“「ホテル・カデシュ」のいち住民”として接してきてくれるのだ。後述するが、映像作品に登場するキャラクターたちとの交流は、いわばディズニーのキャラクターグリーティングに近く、実際に映画の世界へ入り込んだ感覚にさせてくれる夢の時間となる。

 「ホテル・カデシュ」はロールプレイイベント以外にも、映像作品やゲームワールドといった展開を幅広くしているのも魅力的なポイントだ。「ホテル・カデシュ」の各作品はそれぞれジャンルのコンセプトが決められており、過去作の一例を挙げると、サイバーパンクモノや王道の「サメ映画」など、そのテーマはさまざま。

 ここで筆者おすすめの作品である、「邦画」をテーマにした映像作品『掌』を紹介したい。本作のストーリーは、極道である「司一」(つかさ はじめ)の半生を追う形で展開される。両親をはじめ、身の回りの大切な人を失った司一が、なぜ自らも両親を手にかけたヤクザになってしまったのか、その足跡を追っていく。

ホテル・カデシュの映像作品に見る、『VRChat』を活用した映画製作の可能性

 「邦画」をテーマにしていることもあり、夏の蜃気楼やカメラワーク、1995年の大阪など“邦画らしさ”を感じさせる要素がふんだんに盛り込まれている。現実では広大なセットや機材がないと撮れないようなシーンでも、『VRChat』であれば実現可能な点は、これまでの自主制作映画における常識を塗り替える出来事だろう。

 本作は30分ほどの短編作品だが、一度観ていただければ「バーチャルでもここまでの作品が作れるのか」と驚くであろう。

『掌』

 そして、『VRChat』に触れたことのある方であれば、映像のすべてを『VRChat』で撮影していることのすごさにも驚かされるだろう。

 『VRChat』でこうした映像作品を撮影するうえでは、たとえるならば「総合格闘技」のような複合的なテクニックが要求される。カメラの扱い方といった映像制作の技術はもちろん、ソーシャルVRでは歩き方ひとつとっても自然に演技するのに多大な苦労を要する。あるいは、派手なアクションシーンを撮影するにしても、工夫を凝らさなければ用意されたモーションであることが浮き彫りになってしまい、不自然に見えてしまうのだ。

 それから、前段を翻すようだが撮影のロケ地や演者の衣装なども、シーンやストーリーに沿ったものを自分たちで作る必要がある。もちろん、販売されているアセットで補えれば問題ないが、なければ実際に作ることになるので、実現できることと手軽であるかは必ずしもイコールではないということだ。『掌』の劇中で見ることができる、さまざまなロケ地、さまざまな衣装はどれも素晴らしい仕上がりだ。一つ一つこだわって作り上げられた美術の仕事ぶりにもぜひ注目してもらいたい。

作品によっては実際にロケ地を巡ることができる。

 このように、『VRChat』を利用した映画撮影は、良い作品を作り上げようとすれば大変な労力を要する。とはいえ、繰り返しになるが現実の映画を撮ることに比べれば自主制作でもできる幅が広く、可能性に満ちた世界であることは間違いないだろう。

 5月14日に開催された「ホテル・カデシュ」2周年記念イベントでは、新作『ヴードゥー・キングダム 香港ゾンビ紀行』の予告映像が公開された。こちらは『掌』とは打って変わってアクションメインのゾンビ映画となる。予告映像の中では、「ガン=カタ」を思わせるような銃と武術を組み合わせたアクションシーンも見られ、まるで『VRChat』のアクションシーンの限界に挑んでいるかのような映像だ。

カデシュ・プロジェクト『ヴードゥー・キングダム 香港ゾンビ紀行』|特報|VR短編映画×アトラクション

 「もしも」を楽しめる映画の世界。その楽しみ方を『VRChat』で追い求めている人は、「ホテル・カデシュ」に限らず多く存在する。そうした作品は、一見すればバーチャルのアバターを利用したCG映像のようにも思えてしまうかもしれない。しかし、その裏では生身の人間が実際にカメラを動かし、役者が演技しているのだ。バーチャルの世界で撮影された映画の持つ熱量は、確かに私たちに伝わってくるのだ。ぜひその魅力をその目で見届けていただきたい。

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