AI×エンタメの“現在地と未来”
「データ分布の外側」にある音楽へたどり着くためにーーQosmo徳井直生&アンドリュー・ファイフに聞く“AI×音楽研究の現在地”
「誤用によって生まれる“新しいもの”に期待したい」 データに無い音楽の創造を目指して
――『Neutone』は拡張性も注目ポイントかと思います。自社でモデルなどまで囲い込むのではなく、オープンな仕組みにしているのはなぜでしょう?
アンドリュー:一言で表すなら、『Neutone』はプラットフォームとしてデザインしているからなんですよ。DAW上で動くプラグインで、そのなかで様々なモデルを動かせる汎用性の高いデザインなら、雪だるま式にできることが広がっていきます。
徳井:スマホにいろいろなアプリをインストールしていくようなイメージですね。くわえて、いまの「Neutone」にはコミュニティの要素もあって、弊社が提供する「NeutoneSDK」を用いて、AIの研究者が自分のモデルを投稿できるシステムも実装されています。
ミュージシャンも最新のモデルを簡単に使える。そうしたら、レコードのスクラッチや『TR-808』が新たなジャンル・音楽を生み出していったように、開発者が想定していなかった用途がきっと生まれる。そういったものを、日本発で作っていくのがひとつの目標ではあります。
アンドリュー:誤用によって生まれる“新しいもの”に期待したいですね。AIは音楽のエッセンスを抽出するのが得意なんです。それでいて、そのエッセンスを逆に外してみたり、違うジャンルに入れてみたらどうなるかを考えるのも興味深いですよね。
徳井:“データ分布の外側”を観測すること、つまり学習データのないものを生み出すというのはQosmoの掲げるテーマのひとつですね。
――現状で人気のモデルはどんなものでしょう?
徳井:現在メインで使われているのは「RAVE」というモデルで、入ってきた音色を別の音色に変換するものです。昨年末に代官山UNITでおこなわれた『Craft Alive』で、BIGYUKIさんのセットにも使いました。ライブパフォーマンスでも使える音質を出せて、CPUへの負荷も少ないのが特徴になっています。
――いまのお話を聞いて、徳井さんも在籍していた(※現在は離籍)慶応SFCでゼミを持っているパトリック・サベジ准教授が関わっている伝統芸能データベース「Global Jukebox」を連想しました。世界の音楽データを学習して、その抽出した特徴から外れたものを生み出そうと試みれば「音楽ではない音楽」にアクセスできるようになるかもしれませんね。
徳井:じつはパット(パトリック)とは親しく交流させてもらっていて、『Craft Alive』でのライブ時に「どんな音を混ぜたら面白くなるか」を相談していたんですよ(笑)。SFCでは音楽と脳科学を研究している藤井進也先生とパットを含めた3人で仲良くしていました。また、SFCとQosmoとは直接的な関係はありませんでしたが、PHD(博士課程)で学んでいたクリストファーは現在、開発チームの一員でもあります。
――そういった音楽を絡めた研究がSFCで盛んなのはなぜでしょう?
徳井:坂本龍一さんの公演「D&Lライブ・アット武道館」(1995年)をおこなった際に、SFCの学生が当時としては世界初の衛星による全国的なマルチキャスト配信のスタッフとして携わった歴史があるんですよ。SFCの教授であり「日本のインターネットの父」といわれる村井純さんが、坂本さんと仲がよかったことがきっかけだったと聞いています。
そういったこともあり、もともと「音楽とテクノロジー」という側面が強い大学なんですよ。新たな音楽やアート、ビジネスなどの新たな分野をテクノロジーを組み合わせて切り開くという理念を持っているんですね。音楽は自由度が高い文化で、社会に先駆けて変化してきましたから、インターネットの世界を見ても真っ先に音楽がmp3ファイルとしてデジタルで配布されたり、SNSの走りとして「Myspace」のような音楽を中心に据えたプラットフォームもありましたよね。
「テクノロジーと社会を考える時に先駆けとして音楽があるように見える」と、そんなことを村井さんは当初から話されていたと記憶しています。
――以前、取材した渋谷慶一郎さんがファッションのコレクションを参照して「AIのアルゴリズムやサービスに誘導され、それに慣れたオーディエンスを相手に半年に一度、毎回驚くよう変化と進化を提供していくことは、人力だけでは難しい」と発言されていました。AIが今後音楽制作における必需品として活用されていくことを予見しているとも取れる内容ですが、徳井さんはどう思われますか。
徳井:そういう側面はあるでしょうね。逆に、ゆっくり作った音楽に価値が出るとも思っています。カメラが出てきた時も写実的な絵の価値は一時的に下がった反面、新しく印象派が出てきたりした訳です。さらにあえて人力で写真で撮ったかのような写実的な絵を描くスタイルに価値が出てくる側面もある。