音楽&音声は脳にどのような影響を与える? 脳科学者が注目する“主観の世界”と“デフォルトモードネットワーク”

 音楽を聴くことで脳を活性化させ、心身のリラックスや健康の促進に寄与するといわれている。先日、Spotifyが発表した年次調査「Sonic Science」では、音楽が脳の主要な部位を刺激し、人の感情や気分、記憶などにポジティブな影響を与えることが触れられていた。

 では、「脳と音楽」には、一体どのような関係性があるのか。

 音楽家を対象にさまざまな研究を重ねてきた脳科学者の田中昌司氏に、有識者の視点から「音声が脳に与える影響」について語ってもらった。

音楽はさまざまな脳部位に影響を及ぼし、過去の記憶とリンクする

――まずは読者に向けて簡単な自己紹介をお願いします。

田中昌司氏

田中:私は、20代の終わりごろから上智大学の教員として長年勤めてきて、2023年の3月に理工学部情報理工学科の教授職を定年退職しました。専門は脳科学です。これまで、いろいろなテーマを設定し、研究を行ってきましたが、最近は音楽を聴いたり・演奏したりする時の脳内情報処理や、音楽家の脳の特徴などの研究が多いです。この分野の研究はまだまだ少なく、新たな発見の連続で、非常に刺激を受けています。

――具体的にどのような脳の研究をされているのですか?

田中:音楽に関する脳研究は「MRI イメージング法」がメインとなっています。病院でMRI検査を受けた方もいるかと思いますが、脳を3Dスキャンする場合は大きなドーナッツ状の装置に頭部を入れて、しばらく不動を保つ間に脳の画像を撮るんです。

 そのデータを研究室に持ち帰り、脳の形状や活動部位の解析などを行います。最近は、脳内ネットワークの可視化もできるようになりました。それによって、音楽家の脳にはいくつかの特徴があることがわかってきました。最新の成果を二冊の本にわかりやすく解説しました(田中昌司『音大生・音楽家のための脳科学入門講義』、田中昌司・伊藤康宏『音楽する脳と身体』、いずれもコロナ社)。

 また、MRI装置は本来、大きな音が出るために音楽実験には不向きなのですが、静かな環境で音楽実験ができる方法として、脳波計測も行っています。最近は、脳波解析の技術がとても進歩しており、脳の活動部位やネットワークを推定することができるんです。

私の研究室はとてもユニークな研究環境であり、世界的にも珍しい音楽脳研究が行われていました。

――音楽を聴くことで脳全体が活性化されるメカニズムについて教えてください。

田中:音楽の脳への入り口は聴覚がメインなので、音に対しては脳の「聴覚野」が反応します。そこでは音楽も環境音や音声などと区別なく、まずは周波数分析を行いますが、その後「音楽」であることを認識し、聴覚野以外の領野でさらに情報処理が行われ、これまでの音楽経験やその時の感情など、さまざまな記憶とリンクしていきます。

 このような情報処理は、脳の聴覚野とそれ以外の領野とネットワークを形成しており、互いに情報のやり取りをしながら行われていると考えられています。

 「言語野」や「運動野」も含むかなり広範囲のネットワークが活性化されるので、音を超えた高次の情報処理が行われていて、意識していないものも多いと思います。

――音楽が脳の活性化を促し、気分や感情はもとより身体活動にも影響を与えるんですね。

田中:そうなんです。音楽に備わる身体性や運動性が運動野の活性化として現れます。また、音楽はもうひとつの「言語」でもあるので言語野も活性化します。音楽のリズムや文法などは、脳内で言語と類似の処理をすると考えられています。

 私の研究で興味深かったもののひとつは、実際の音を聴いていなくても、心の中で演奏すると、脳の聴覚ネットワークが活性化されることでした。それが右脳中心であったことが言語との違いです。

 しかもそのネットワークは、メンタルイメージをつくる脳部位や演奏を司る脳部位とつながっていたので、脳の中で演奏のシミュレーションが行われ、「まるで音が聴こえているかのような情報処理がなされていた」と解釈できます。

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