はじまりは“静と動の対比”だった サウンドディレクター・大谷智哉が語る、「ソニック」シリーズの音楽における新たな可能性

 シリーズ初となるオープンゾーンシステムを採用し、これまでにない進化を遂げた「ソニック」最新作『ソニックフロンティア』。この作品では、音楽面でも過去作のイメージを打ち破る、刺激的なチャレンジが行なわれている。

 作品全体の音楽にまつわるテーマや工夫、そして30周年を経てさらに走り続ける「ソニック」シリーズについて、サウンドディレクター/リードコンポーザーを務める大谷智哉氏に聞いた。(杉山仁)

※本記事は『ソニックフロンティア』のネタバレを含みます         

――大谷さんは2001年の『ソニックアドベンチャー2』以降、長年「ソニック」シリーズの音楽を担当されています。その中でどんなことを大切にしてきましたか?

大谷:僕が担当する以前からですが、「ソニック」の音楽はいわゆるBGMでありながら、裏方に徹しない、むしろ前面に出ていくようなキャッチーさや音楽的な主張が魅力だと思っています。また、セガのサウンドチームは僕が入った1990年代の末ごろから、いわゆるゲーム音楽的な枠組みを超えた表現を求めて取り組んでいた土壌があったので、僕はその方向性をさらに推し進めてやってきたつもりです。

――たしかに、「ソニック」の音楽はいい意味で主張が強いイメージがありますね。

大谷:そうなんです。作品ごとに遊びのコンセプトやストーリーが違うので、基本的にはそこに合わせますが、長年関わって感じるのは、ソニックというアイコニックなキャラクターが、ロックでも、ポップスでも、EDMでも、どんなジャンルであっても自分の音楽にしてしまう懐の深さをもっているということです。ソニック自体がとても自由なキャラクターなので、「こういうジャンルじゃないといけない」というものがないことも魅力的だと思っています。

――長く愛されてきたシリーズではありますが、みなさん自身はむしろ「このシリーズはこうだ」と決めつけないことを大事にされているんですか?

大谷:ハイスピードアクションゲームなので、ゲームのテンポ感と曲のテンポ感を合わせると、当然疾走感のある曲が多くなりますが、「こうじゃなきゃソニックの音楽じゃないよね」「こういう音楽でないといけないよね」ということは、誰も設定したりはしていないんです。  基本的なことですが、毎回それぞれの作品の内容にきちんと向き合い、それにふさわしい音楽を取り入れることが大切だと思っています。

――オープンゾーンを採用した『ソニックフロンティア』では、どんなふうに音楽の方向性を考えていったのか教えてください。

大谷:『ソニックフロンティア』は、「より多くの人に遊んでもらえるゲームに進化していくために、ゲーム性もチャレンジしていかなければいけない」という思いから生まれたゲームです。従来の「ソニック」はステージが次々に出てくる構成で、最初のゾーンでノリのいい曲が流れて、次のゾーンでもノリのいい曲が流れて……という体験が連続していましたが、今回はフィールドがオープンゾーンになったので、「これまでにはできなかった音楽の仕掛けができる」と思いました。なかでも、いままでできなかった大きな要素が“緊張と緩和”の演出です。「今回のゲームシステムなら、音楽でもそういったダイナミクスのある演出ができるかもしれない」というのが、最初に考えたことでした。

――たとえるなら、これまでの「ソニック」シリーズの音楽の特徴だった“押しの美学”に、新たに“引きの美学”が加わるようなイメージですね。

大谷:まさにそうです。今回は「引く場面をつくることで、次の押しがさらに強調される」ということをやりたいと思っていました。実は過去にも何度か提案したことはあったんですが、そのときは「引きの部分が地味に感じてしまう」と言われてしまったんです。やはり、ゲーム自体が押し一辺倒のゲームならば、そこに引きの音楽をもってきても共感は得られませんでした。ですが、今回のゲーム体験ならば“押して”、“引いて”という、静と動を生かしたサウンドデザインが効果的な演出になるのでは、と考えたのが『ソニックフロンティア』の音楽のはじまりでした。

――クロノス島を筆頭にしたスターフォール諸島で流れる音楽は、まるで大作映画のスコアのような雰囲気で、まさにお話いただいた静と動の、静の部分が表現されている印象です。

大谷:今回の音楽はそこから着手していきました。開発の初期段階でクロノス島のプロトタイプに当たるテスト島があり、そこをソニックで走り回りながら、まずはクロノス島のフィールドで流れる音楽を考えていきました。その時点ですでに「寂寥感(せきりょうかん)」というキーワードももらっていたので、ピアノとストリングスを使った物悲しくミステリアスなトーンの楽曲に仕上げたところ、ほかの島の音楽も含めて最後までブレずに島々の音楽性が固まっていきました。オープンゾーンという、今回から新しく「ソニック」シリーズに加わった要素の中で流れる音楽なので、これまでにはなかったものにしたいと思っていました。

――それぞれの島ごとの、音楽性の差別化も意識されましたか?

大谷:寂寥感というキーワードは一貫しつつも、島ごとにビジュアルが変わっていくので、それに合わせて、音色でも島ごとの違いを表現できたらと思い、使用する楽器でも差別化をしていきました。最初のクロノス島ではピアノと小編成のストリングス、次のアレス島ではイランの打弦楽器サントゥールやアルメニアのドゥドゥクという管楽器を使っています。そのうえで曲調にもそれぞれに特徴がある、というふうに考えていきました。初見でプレイしていると、ひとつの島ごとの滞在時間もある程度ボリュームがあるので、次の島に行けたときに新鮮な印象を感じてもらいたい、と思っていましたね。

――スターフォール諸島全体の音楽の流れについてはいかがですか?

大谷:開発中に北米で実施されたプレイテストのフィードバックを確認していたときに、島での遊びの単調さが課題になっていた時期がありました。音楽面でも「プレイヤーがゲームを進めている」という手応えを感じてもらうことはできないか、と考えました。そこで今回は、島を攻略するために必要な7つのカオスエメラルドをひとつ取得していくたびに、BGMが変化するような仕組みを実装しました。段々とフレーズが加わったり、変化したりすることで、音楽面でもゲームが進んでいく手応えを感じてもらえたら、と。

そんなふうにして、クロノス島、アレス島、カオス島の音楽を用意してみると、最初につくったクロノス島の音楽が「スターフォール諸島や作品全体のテーマを見据えていたな」と感じるようになりました。そこで、最後の島の最終フェーズでは、クロノス島のテーマ「Kronos Island 2nd Mvt.」にさらにアレンジを加えたバージョン「Theme of Starfall Islands」として流れる構成にしています。はじめからすべての設計図を完璧に用意していたわけではなくて、ある程度は最初に用意しつつも、出てきた曲を客観的に聴き返して、再配置したり、よいモチーフが生まれたらそれを発展させるような形で全体像を考えていきました。

――釣りのBGM「Fishing Vibes」についてはいかがでしょう? 

『ソニックフロンティア』BGM「Fishing Vibes - Somewhere in the Starfall Island」

大谷:「ソニック」のBGMに色んなジャンルの音楽が入ること自体は前からありましたが、『ソニックフロンティア』では、そうしたジャンルのバラエティーさをこれまで以上に遊びのテンションに合わせていくことを意識しています。そう考えると、釣りはゲーム内の一番の癒やしポイントなので、音楽的にもここはローファイ・ヒップホップ~チルアウトが合うだろう、と(笑)。ちょうどビッグ(ザ・キャット)も、おっとりした性格の「ソニック」シリーズ屈指の癒し系キャラですから、音楽的には「これしかないだろう」と思っていました。

――リラックスしてチルするような魅力を体験できるシーンという意味では、まさに普段のローファイヒップホップの聴かれ方に合った使われ方がされているんですね。

大谷:はい。先程お話した静と動の音楽でいうと、静の部分に当たる音楽ですね。

――一方で、電脳空間で流れる音楽は、古今東西のクラブミュージックのジャンルを詰め込んだ、従来の「ソニック」シリーズの疾走感が詰まった楽曲ばかりなのが印象的です。

大谷:島の音楽と並行して他の音楽もつくっていったのですが、そのとき考えていたのが戦闘と非戦闘、アクションと非アクションで音楽性を分けることでした。島の音楽を非アクションとして考えた一方で、アクションにあたるのが電脳空間の音楽です。この電脳空間は従来型の「ソニック」シリーズのアクションステージなので、BGMもこれまでの「ソニック」らしいエレクトロニック・ミュージックを考えていきました。

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