松原達也×林直孝に聞く、“科学アドベンチャーシリーズ”の過去・現在・未来
2022年7月28日、発表から7年を経て、ついに『ANONYMOUS;CODE(アノニマス・コード)』がリリースを迎えた。
株式会社MAGES.が開発・発売を手掛ける作品群として、2008年発売の第1作『CHAOS;HEAD(カオスヘッド)』から脈々と歴史を重ねてきた科学アドベンチャーシリーズ。第2作にしてジャンルの金字塔でもある『STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)』の存在は、ゲームフリーク以外にも広く知られるところだ。
6番目の作品となる今作は、どのような意図の下に制作され、なぜ幾度もの延期を余儀なくされたのか。同社でシリーズの全作品に携わってきたプロデューサーの松原達也氏、シナリオライターの林直孝氏に話を伺った。
企画・原作を務める志倉千代丸氏と並び、かけがえのないメンバーである2人。制作の中心人物だからこそ語れる、シリーズの過去・現在・未来に迫る。(結木千尋)
“社会の変化”に翻弄された発表からの7年。
――『ANONYMOUS;CODE』の発売、おめでとうございます。
松原達也(以下、松原):ありがとうございます。
――2015年に開発が発表されたものの、当初2016年冬に予定されていたリリースを延期。ようやくここまでたどり着きました。なかには「もう発売されないんじゃないか」といった声も。
林直孝(以下、林):私たちもお待たせしてしまっているのを申し訳なく思いながら、制作に向かっていました。
――お待たせした分だけ期待値が上がっていた面もあったかと思うのですが、そのあたりに感じたことはありますか?
林:モチベーションにつながっていた反面、プレッシャーにも感じていましたね。科学アドベンチャーシリーズを初めてプレイする方はもちろん、古くからのファンの期待にも応えられるだけの作品を作らないと、という想いはありました。
――シリーズにおける前作『OCCULTIC;NINE』(2017年)からは、『STEINS;GATE ELITE』(2017年)、『ROBOTICS;NOTES DaSH』(2019年)をはさみ、約5年ぶりの新作ということになりました。発表から7年の間には、どのような紆余曲折があったのでしょうか。
林:納得できる形でリリースするために志倉が設定を見直し、それに合わせてシナリオを何度も作り直しました。それが度重なる延期の理由です。
松原:テクノロジーをテーマに据える科学アドベンチャーシリーズには、私たちの生きる時間軸より“少し先の未来”が描かれています。だからこそ、現実がチームの予測を外れた経過をたどるたびに、設定を見直さなくてはなりませんでした。
林:仮想通貨の急騰と暴落、コロナの流行、物語に深く関わるはずだったアレシボ天文台の望遠鏡の崩壊など、関連する分野で不測の出来事が起こるたびに、制作が巻き戻っていましたね。
――ということは、当初リリース予定としていた2016年冬の段階でシナリオは出来上がっていた?
林:はい。完成したものを白紙にして、設定から作り直す作業を繰り返しました。
――一度出来上がったものを壊してゼロからまた作り直す作業は、とても骨が折れるもののように感じます。
林:そこは大変でしたが、原作を担う志倉が面白そうな設定を次から次に提案してくれたので制作チームとしては常にワクワクしながら作業できていました。科学アドベンチャーシリーズの制作は、志倉の提案する設定をどう取捨選択するかが肝なんです。すべてを採用したいほど面白そうな設定ばかりですが、そうしてしまうと話がまとまらない。
松原:志倉は科学技術やオカルトの話題に敏感で、新しいネタを見つけるとすぐチームのグループLINEに送ってくれます。それを見て、林や私がエピソードを考える。そんな風にして科学アドベンチャーシリーズは制作されています。
『ANONYMOUS;CODE』で目指したのは、こだわりと新しさの両立
――シリーズ作品の制作にあたり、一貫して続けてきたことはありますか?
林:「志倉のアイディアをどう形にしていくか」という制作の進め方でしょうか。スピンオフまで含めると相当な数の作品を作ってきましたが、ここが第一のコンセプトであるという点は、第1作の『CHAOS;HEAD』からまったく変わっていません。そのことが情報量の多さというシリーズの特徴も生んでいると思います。設定を作るのが大好きな志倉を中心に据えて制作してきたシリーズですから。
――シリーズのコピーとなっている「99%の科学と1%のファンタジー」という言葉は、『CHAOS;HEAD』の制作時から掲げられていたんですか?
松原:はい、第1作の原案が生まれたときからの一貫したテーマです。
――そういった部分も踏まえながら制作に臨んできた?
林:そうですね。私たちの作るフィクションの世界と、ユーザーさんの生きるノンフィクションの世界が地続きであることをどう意識させるか。その点にはこだわってきました。たとえば、実在する地名や場所、店舗をゲーム内に登場させたり、ネットで検索すれば解説が出てくるような専門用語・ネットスラングを使ったりといった感じです。
松原:システム面では、ストーリーが分岐する構造にも毎回工夫を凝らしています。プレイした経験のある人にならわかってもらえると思うんですが、科学アドベンチャーシリーズには、分岐のトリガーとなる固有のシステムが作品ごとに用意されているんです。読み進めていると一見分岐ポイントなど無く、どこで踏み外しているのかわからないうちにゲームオーバーとなってしまう。ゲーム性を大切にしながらも、非現実的になりすぎない絶妙なバランスを目指して作っていることも、第1作から変わらないコンセプトですね。
――振り返ると、そうした要素が没入感を生んでいたようにも感じます。
林:答えにたどり着けない人にとっては、とっつきにくいシステムかもしれませんが、逆に言えば、物語に没頭できるうえ、トリガーを発見する楽しさもある。
松原:ノベルではなく、アドベンチャーと表現するからには、ゲームとしてしっかり楽しめる作品を作りたいという想いはありました。
林:そういう部分はずっと大切にしていますね。松原は昔、携わったアドベンチャー作品にスコアが出るシステムを採用したものがあるんです。エンディングに到達すると、総プレイ時間や経過したルート、各分岐での選択といったプレイヤーの行動が評価され、ハイスコアランキングが表示される。
松原:その経験もあって、どうしてもゲームらしい要素を盛り込みたくなってしまうんですよね。今思うと、かなり尖った挑戦でした。
――一方で、『ANONYMOUS;CODE』の制作において、これまでと変化した部分はありましたか?
松原:テキストを読み慣れていない層にも楽しんでもらえるよう、テンポの良い展開を意識して作りました。
林:今のユーザーさんは、コンテンツの好き嫌いを判定するまでの時間が短くなっていると感じていて。前置きの長い話には、なかなかついてきてくれないんです。アニメなら以前は、3話で継続視聴するかを判断する「3話切り」とよく言ったんですが、最近は「1話切り」も珍しくない。
『ANONYMOUS;CODE』は買い切り型のゲームソフトなので、購入してもらえればあとは最後までプレイするのもしないのもユーザーさんの自由です。けれど、1人の作り手として、エンディングまで遊んでほしい気持ちがやはりあります。どんどん読み進めたくなるようなキャッチーでスピーディーな展開と、科学アドベンチャーシリーズの特徴でもある情報量の多さ。その2つのバランスをどう取るかという点には苦労させられました。
――今作で印象的だったマンガのような演出も、その延長線上にあった?
松原:そうですね。あの「マンガトリガー」の演出でさらにテンポが良くなった部分もあると思います。アドベンチャーは紙芝居的である特性上、これまではアクションシーンが描けなかったんです。けれど、マンガ的な演出を取り入れたことで制約がなくなりました。
また、今作では企画段階から様々なツールを積極的に活用してみようと決めていて。キャラクターとの会話シーンについては、従来のように立ち絵を1枚1枚線画から制作する形ではなく、「E-mote(エモート)」と呼ばれるキャラクターアニメーションツールを新たに導入し ています。
最初は対応に苦労しましたが、使えるようになるとメリットがたくさんあって。従来なら構図違いで5パターンは必要だった立ち絵が2パターンほどで済んだうえ、これまでより生き生きとキャラクターの表情・仕草を描けたんです。背景などでは3Dソフトも積極的に使っています。
林:本来、シナリオ上の各シーンには、使用できるキャラ絵の枚数制限がかけられているんですが、「好きなだけ要望を出していい」と松原から伝えられまして。おかげでテキストアドベンチャーの枠を超えた、後半の怒涛の展開が実現しました。