ストリーマー業界のパイオニアが説く“数字の意味”とは? プロゲーミングチームDETONATOR代表が考える「プロゲーマーとそのセカンドキャリアの在りかた」
ストリーマー業界のパイオニアが説く、“数字”に秘められた真の意味
――続いては、プロゲーマーの現役引退後のセカンドキャリアについてお話を伺っていきたいと思います。現在、プロゲーマーのセカンドキャリアというとゲーム実況者、ゲームキャスター、ストリーマー、ゲーム会社勤務などが挙げられると思いますが……。
江尻:世間一般的なプロゲーマーのセカンドキャリアとして挙げられる職業は、だいたいそのあたりかなと僕も思います。ただ、結局は“本人が何をやりたいか”です。
そもそも僕は、「プロゲーマーのセカンドキャリアは誰かに用意してもらえるものではない」と考えています。選手が各々の活動のなかで、セカンドキャリアとして取り組めるフィールドをどれだけ開拓してきたか、どれだけの人と信用・信頼を築き上げてきたか……それ以上の話でも、それ以下の話でもないからです。
「チーム側がセカンドキャリアを用意してあげないのは無責任だ」という意見があることも承知しています。しかし、選手ひとりひとりが積み重ねてきたものを無視して一律にセカンドキャリアを用意してあげたところで、最終的に苦労するのはほかならぬ本人です。
セカンドキャリアとして目指す職業は何だっていいと思いますが、結局何を目指すにしても、それこそ約束を破らないだとか、人の話を聞けるだとか、そういった人間力を第一歩として“次に進む条件”をしっかりと満たしているかどうかが問われることになります。
――セカンドキャリアを用意してあげるべきか否か、という考えかた自体がナンセンスだということですね。
江尻:選手は、現役時代ならば試合に勝つことが至上の目的でいいと思います。ただ引退した後、次に何か新しいことをやりたい、と思ったら頭を切り換えなければなりません。それが、たとえばストリーマーだとしたら、その人の個性をストリーマーとしてどう活かしていくかを考えていくのが僕のやりかたです。
所属しているメンバー全員を一定の水準でケアしていくことはしつつも、引退後に本人がひとりの人間として生計を立てていくためには、ひとりひとりに寄り添った考えかたが必要です。DETONATORでは、本人の資質や得意分野などの適正を判断して、そのうえでマッチしそうなパートナー企業を探してくる、といったことを本人と相談しながら進めています。
それらをマネタイズとして成立させて、自分の人生を生きていくための糧や、経験値にしてほしい。そうした取り組みを続けていった先でこそ、ようやく企業さまとの信頼関係が築けて、また次のチャンスが訪れたりしていくものだと考えているからです。
――そうした段階を踏まない“ただ用意されただけのセカンドキャリア”では、何より選手本人が不幸になってしまうと。
江尻:そうですね。この順序をすべて無視して、「じゃあ、次はこの仕事ね」と、こちらでセカンドキャリアを用意するやりかたは、一見すると面倒見がいいようにも思えるのですが、本人が本当に希望している道筋からは遠ざかってしまう可能性が高くなると思います。
僕はとにかく、ひとりひとりの個性を尊重して、各々がやりたいことをできる限り実現させたい、と考えているので、選手とチームのあいだで認識のズレが出ないようしっかり相談するように心がけています。
――現役選手たちがセカンドキャリアを考えていくうえで、ストリーマーという職業は憧れの的になっているかと想像します。人気ストリーマーを数多く擁するDETONATORの代表として、江尻さんはどのように感じていますか?
江尻:ストリーマーに憧れることはいいことだと思いますし、自分が「やってみたい!」と感じるのならば、それがすべてだと思います。しかし、考えなしにただやるだけではダメなのは何においても同じです。しっかりと目的・目標を持ち、それを意識して行動に反映していけるかどうかが、活動継続のための大きなウェイトを占めてくるのだと思います。
どんな世界を目指すにしても、それぞれリスクやメリット・デメリットがあって、100人いたら100通りのやりかたがあります。ストリーマーだったら、たとえばチャンネル登録者数や視聴者数といった部分で、大きな数字を求めることで別の大きな何かを失う可能性も当然あるでしょう。
一方で、数字の部分が伸び悩んでしまって焦るストリーマーたち本人の気持ちも、近くで見ている僕は痛いほどよくわかるわけです。だからこそDETONATORでは、そうした数字があなたにとってどのような意味があるのか、というところまで、しっかりと伝えるようにしていきたいと思っています。
個々人それぞれによって、よりよい数字の伸びかた・伸ばしかたがあるはず。そこについて明確な答えが見つかっているわけではないし、そもそも“正解”なんてあるかどうかもわからない領域かもしれませんが……そこで思考停止してはならないし、試行錯誤していくべき部分であると考えています。
――「数字の意味を伝える」とは、たとえばチャンネル登録者数や視聴者数といった、数値から分析できる流入データなどを子細にストリーマーたちに共有するということでしょうか?
江尻:確かに弊社は、そうしたライブ配信における広告価値などをAIを活用して分析するAIサービス開発事業にも注力しています。ただ、先ほど僕がお話した内容の真意は、もっと根源的な部分の“数字の意味”についてです。
大きな数字は時として武器になるけれど、いきなり大きな数字を得ようと思っても現実はなかなか厳しい。だからこそ、しっかりと現状の数字の意味――この数字が何を表していて、自分がどう評価されているのか――を理解することが重要だと考えています。
――“数字の意味”を知ることができれば、活動のモチベーションも格段に高まりそうです。
江尻:自分の取り組みが評価されている実感が持てれば、継続することの大切さも自然と理解できていくものなんですよね。ちょうど昨日(取材日は2022年2月2日)、弊チーム所属ストリーマー・するがモンキーが、食事宅配サービスを手掛けるnosh(ナッシュ)さんから個人スポンサードをいただいたんです。
彼はもともと筋トレが趣味で、ジムでの筋トレの様子や筋肉にいい食事についてのライブ配信をしていました。そういった活動のなかでnoshさんの求める人物像がマッチしたことが決め手になったわけです。
企業さまによって求めるものは千差万別です。我々はそうしたニーズをさまざまな角度から分析し、メンバーたちにも「こういった活動を続けていれば、こうした企業さまからの信頼を得られるはずだからね」という形で伝えています。
――選手たちがより良いセカンドキャリアに行き着くためには、個性を尊重し可能性を広げてあげることが重要なんですね。
江尻:やはりメンバーひとりひとりが主役であるべきだと考えていますし、今後はもっとDETONATORを“好きなことが実現できる場所”にしていきたいという想いを強く持っています。DETONATORが長年にわたる活動で培ってきたブランド力や、パートナー企業さまとの信頼関係などを土台にして、自分のやりたいことを表現できる場所にしていきたい。
「○○をやりたい!」と思ったメンバーを、全力でサポートしていける体制をしっかり築いていくことがチームとして重要なことだと捉えています。それをひとつの大きな目標としているからこそ、これからもファンの方々やパートナー企業さまとの信頼関係をより強固にしていくことは欠かせませんよね。
そして、そんなメンバーたちの個性を活かしたさまざまなプロモーションや企画、イベントなども順次準備しています。ファンのみなさまは、ぜひ楽しみに待っていていただければ嬉しいです。
――つねに斬新かつ創造性溢れる取り組みを続けるDETONATORの動向には、今後も注目していきたいです。前例のないこと、新しいことに挑戦する際に、江尻さんは恐怖心をどう乗り越えていますか?
江尻:そもそも、そういった恐怖心自体があまりないです。とにかく昔から「やってみなければわからない」の精神でトライアンドエラーをくり返してきた結果だと思います。加えて、しっかりとした分析に基づいて将来的な業界の変化を予測し、そのなかで目標を定めて一歩ずつ地道に歩んできた自負があるので、そのぶん想定外のことに戸惑うことも少なかったと感じています。
ただ、そうして得られた経験というのはあくまで僕だけの経験なので、メンバーたちにはそれを押しつけたくないとも思っています。だからこそ、経験則としてアドバイスを伝えることはあっても、それ以上にいまの時代に合った考えかたというものをメンバーから日々学ばせてもらっています。選手たちも成長していきますから、その成長スピードについていけるように自分をアップデートしていかなければなりません。
自分のなかでブレさせてはいけない普遍の考えかたは伝えながらも、彼らが考えていることを理解し、彼らのためによりよい環境を作るために、いいものはすべて吸収する。そして、時代に沿って、世代によって、人によって考えかたを変化させていくというのが、僕の基本スタンスです。
――まさに現在のDETONATORというチームには、そうした江尻さんの柔軟かつ質実剛健な考えかたが、色濃く表れているのかなと感じました。
江尻:それゆえに、「DETONATORは江尻が築き上げた“帝国”だ」と勘違いされている方も多いかもしれません。ひとえに僕がよく前面に出て、ときには厳しいことも言ってしまいますから仕方のないことだと思います。しかし実際は「自分の考えが第一だ」などとは1ミリも思っていません。だから、常々「自身のブランディングを失敗したな……」とも感じています(苦笑)。
あくまで僕個人としては、「メンバーみんなに好きなことをやってほしい!」、「若い人たちが生き生きしている姿が見たい!」という想いがすべてなんです。
いろいろな個性を持つメンバーがいるのだから、いろいろなDETONATORの形があっていいはず。だから後に続く若い世代たちも含めて、どんどんDETONATORで居場所をつくって、自分なりの楽しみを見つけて、未来のDETONATORを担っていってほしいと願っています。そうした楽しみを見出していくことこそが、セカンドキャリアのいちばんの醍醐味だと思いますから。
メイン写真撮影=(C)Jason Halayko / Red Bull Japan
※写真提供・協力:RedBull.com