『ポケモン』『ドラクエ』などから考える、ゲームにおける虫の“役割”とは
※本稿で引用したゲームの画像の一部に昆虫型のモンスターが写っています。苦手な方はご注意ください。
昨年、岐阜市でとある食品自販機の設置が注目を集めた(※1)。ユニークな食品自販機といえば秋葉原のおでん缶のほか、うどんやラーメン、ハンバーガーなどが揃う舞鶴の「ドライブインダルマ」が有名だが(※2)、この自販機が販売しているのは「昆虫食」だ。昆虫食はSDGs(持続可能な開発目標)がさかんに議論される昨今あらためて注目されており(※3)、こうした自販機は都内にもすでに数カ所存在しているようだ(※4)。
食虫文化のように、虫の生物的な側面以外に注目する分野のひとつに「文化昆虫学」があり、そこにはアニメやビデオゲームのようなメディアも含まれる。筆者も以前この文脈でゲーム内での虫の役割について話したことがあるのだが(※5)、ここ数年入門書や教科書的な書籍が立て続けに出版されるなど(※6)、虫の文化的な側面への関心は社会にも広がりつつある。今回はそうした新たな情報も参照しつつ、ゲームと虫の関係について考えてみたい。
文化昆虫学とは
文化昆虫学(Cultural Entomology)は1980年に米国で提唱され(※7)、87年により具体的な枠組みが提示されて以降(※8)、3-40年ほどの間にいくつかの学術雑誌が刊行される規模に拡大した(※9)。その枠組みを端的に述べると、「人間の文化活動、たとえば、文学、工芸、映画、信仰、または食生活、経済活動の中で、昆虫がどのようにかかわっているか、そして人々の自然観、昆虫観を研究する学問(※10)」となる(ただし日本では狭義の昆虫にかぎらずカエルや蜘蛛といった小型の生物も対象とされることがある)。
上記の例には含まれていないが、近年はアニメやゲームのなかの虫についての研究もさかんになっており、その成果はここ数年の出版物等に反映されている(図1)。とくに美少女ゲームに登場する虫については、生物としての実態との乖離や、素朴さや嫌悪といったステレオタイプの増幅効果についての面から研究が進められている(※11)。
より具体的なイメージを掴むために、映画を例に映像作品における昆虫の役割を整理してみよう。農学者の宮ノ下は、映画に登場する虫を5つのパターン(主役、主役補佐、象徴、異生物、背景・その他)に分類している(※12)。どの昆虫がどの役割になるかには一定の傾向があり、たとえばアリやミツバチなどは主人公側にいることが多い一方、ハエやゴキブリなどは敵視される傾向にある。また蝶やホタルは、敵・味方ではなく物語のモチーフ・象徴としてもちいられることも多い(表1)。
このように、実写かアニメかを問わず、映像作品において虫はさまざまな役割を果たしており、物語の進行にしばしば大きな意味をもつ存在となっている。
なぜ虫と映像メディアは相性が悪いのか
とはいえ、最初から虫たちの存在がクローズアップされていたわけではない。モチーフとしてはともかく、虫そのものが重要な存在として登場するようになるのは、上の表で示したようにおおむね1980年代以降だ(もちろん例外はあるが)。それ以前になぜ虫を映像メディアの主要キャラにすることが難しかったかについては、3つの立場から次のような理由があげられている(※14)。
まず、映画製作者にとってはサイズとコントロールの問題がある。数十から数百にわたるショットごとに小道具やセット、カメラレンズなどを修正する必要があったフィルム撮影の時代に、小さな虫に焦点を当てつつ距離感を微調整する作業が相当の労力を要したであろうことは想像にかたくない。まして演技指導にいたってはほぼ不可能と言える。
アニメではこうした問題点は解決されるが、今度はイラストレーターにとっての描写の複雑さが問題となる。6本足で羽が4枚あるような手間のかかるキャラが、4本足(前2本は実質的に腕として)や2枚羽で描かれるのもこれが理由である。それならばいっそ登場するキャラクターを、リボンをつけた白猫や夢の国のネズミのような動物にしてしまったほうが製作期間が短くてすみ、結果的にコストも低く抑えられるかもしれない。経済的な面でも積極的に虫を選ぶ必要性は薄いと言える。
最後に、こうしたハードルをクリアしても結局観客に対して“地味”に映ってしまうことも問題である。とくに欧米では、セミやトンボがしばしば邪悪なものとしてみられるなど(※15)もともと虫自体にいい感情をもっていなかったり、『トムとジェリー』のように猫やネズミが画面を動き回るダイナミックな絵面を好んだりする傾向があるとされている。それにくらべて、ハエがクモの巣にかかるシーンはあまりにも静的すぎるのだ。
しかし1990年代以降撮影・編集作業が本格的にデジタル環境に移行したことで、これらの問題が徐々に解決されるとともに、虫に対するまなざしも変化していくこととなる。
ゲームにおける虫の3パターン
デジタル化によってリアルな虫の表現が容易になったことは、ボーンデジタルメディア(※16)であるビデオゲームにとって大きなアドバンテージと言える。それでも、スーパーファミコン(1990年〜)などの16bitゲーム機によるドット絵に頼らざるをえなかった時代は低解像度ゆえに個体の識別が難しかったり、逆に高解像度になるとドッター(※17)の負担が増したりといった代償がつきものだったが、PlayStation(1994年〜)などのいわゆる“次世代機”で3D技術が普及したことで、相対的に短時間・低コストでの制作が可能になった。
また日本のゲームには、しばしば海外よりも多様な虫をあつかう傾向がみられる。一例として『ウィザードリィ6』(アスキー/1995年発売)および『7』(ソニー・コンピュータエンタテインメント/1995年発売)と『ドラゴンクエスト』シリーズ(エニックス/1986年〜)の敵モンスターを比較したデータでは(※18)、前者に登場する虫の種類がアリ・カ・ガ・クワガタムシ・イモムシの5種類なのに対し、後者は鱗翅目(蝶など)20種、双翅目(ハエなど)9種、膜翅目(蜂など)7種、甲虫目6種、直翅目(バッタなど)4種、半翅目(セミなど)1種と種類が多い。数で言えば蝶類が圧倒的だが、ハエや蜂もよく登場している(図2)。
飛ぶ虫が多いのは興味深い。それによって見るものの注意をひくことができ、日常生活でも比較的我々の目に触れやすいことから、ゲームデザイナーとプレイヤーの間でイメージが共有しやすいのかもしれない。また視覚的なダイナミックさの面で有効にはたらくことも、これらが多用される一因ではないかと思われる。