連載「Behind the Tech People」第一回:としくに(huez/渋都市)
テック業界における経営者・ディレクターの「適性」とは? narumin × としくに(huez/渋都市)と考える
narumin:それはまさに、としくにさんならではの能力ですね。ここからはなぜ「社長」になったのか深堀っていければと思います。
としくに:プロデューサーやディレクターをやっていることにも通じるんですが、エンジニアやプレイヤーは「自分が作ったものに対して責任をとりたい」と思うわけですよ。裏を返せば「他人の責任は取りたくない」とも言える。一方で私の場合、ものづくりができないので「これを作ってください」 と人に頼むしかない。社長をやった理由は「人の失敗に対して責任が取れる」からなんです。自分が悪いな、自分のせいだな、頼んだ俺が悪いなと素直に思える。自分が前に出て謝ることも気分は決して良くないですが、そこまで苦痛に感じることでもないんです。
それと、ディレクターの持論として「うまく行ったらプレイヤーが褒められ、失敗したらディレクターがけなされる」というのがあるんです。要は「責任者出せ」というくらいけなされるの場合は自分が、褒められる場合は演者やプレイヤーが対象になるということで。
よく考えれば、昔から「経営者に向いている」と先輩から言われていました。でも、20代は無視していた。他方で父方や母方が社長だったので、マインドが社長気質に近かったんだといまでは感じます。言うなれば、社長になるべくしてなったのかもしれません。
narumin:チームや組織の長として、エンジニアやクリエイターと一緒に働く際に意識していることはなんですか。
としくに:まず心がけているのは、エンジニアは絶対失敗するということ。失敗を恐れていては、良いものは生み出せませんから。ぼやが起きるだけならいいんです。でもそれが、家まで引火すると大事故につながる。会社が詰んだり、場合によっては訴えられる。火種を起こしたクリエイターもトラウマになってしまう。私はクリエイターに対してポジティブに声がけしつつ、裏では「全部失敗しても避けきれるように保険をかけておく」ことに徹しています。これは経営者としての使命というか、会社を守る上では必須だと思いますね。
narumin:クライアントワークにおいてはどうでしょう?
としくに:例えば、無理な注文してきたクライアントに対しては、万が一問題が起きても、ここの部分までしか責任はとれない。と線引きをするようにしています。もし責任を取るなら、納期を伸ばしたり予算を上乗せしたりと交渉をするようにしていますね。
narumin:クリエイターのメンタルについてはどうフォローしていますか。
としくに:クリエイターはメンタルブレイクしやすい、ということを肝に命じています。何かを作り上げると、バーンアウトしちゃうというか。そのため、基本的に相手を否定しないようにしています。もちろん場合によっては指摘しますよ。年齢を重ねると自分でコントロールできるようになったりするので、どうフォローして心理的安全性を担保できるかを意識しています。
narumin:心理的安全性のこと、とても共感できます。ちなみに自身のメンタルケアはどうされてますか?
としくに:プライベート環境を良くすることや、ちゃんと給料をもらうようにすることですかね。あとは役員以外の経営企画のメンバーになんでも話せるようにしています。また、3年くらい前から意識しているのは、同世代の社長友達を作ること。社長をやっていると、孤独だと感じる場面が多い。何かあったときに気兼ねなく相談できたり雑談できたりする社長のつながりを持っておくことで、だいぶメンタルのセーフティネットになっていますね。
narumin:これまで色々と聞いてきましたが、どういった性質の人がとしくにさんのような職業に適性があると思いますか。
としくに:それは、プレイヤーではなくディレクターやプロデューサーという立場で仕切る側のことですか?
narumin:そうです。私自身、ものづくり業界が好きですが、プレイヤーとして活躍するには「自分がやりたいところまで到達できない」とある時を境に思って。そこからは技術知見を広めることに貢献しようとプロデュース側に回った経緯があるので、お聞きしたいなと。
としくに:そうですね。よく人を束ねて行動したり仕切ったりする側の人に言っているのは「サボれるようになった方がいい」と伝えています。ディレクターやプロデューサーが、一番持ってはいけない思想は「自分がやるのが一番早い」ということ。そうではなく「自分がやるより、他人がやった方が上手くて早い」というのを基本の考えとして持っておくべきなんです。責任は取れるけど、サボれる人が向いているんじゃないかと思いますね。
narumin:「責任は取れるけど、サボれる人」ですか、
としくに:あとは人間が好きじゃないと務まらないと思います。私は褒めることよりも許してあげようと思うことが多いですね。何かトラブルが起きた時も、頭ごなしに否定するのではなく、「どうすれば肯定に切り替わるか」というロジックで考えるようにしています。いまの時代だと、チームの規模にもよりますが、チームマネジメントは「減点方式」よりも「加点方式」にした方がいい。責任取れる人は加点、遅刻せずに定時に出勤することは加点などですね。
narumin:加点方式のくだりは私もわかる気がします。
としくに:また、クリエイターは専門用語を大量に保持しているゆえ、「共有言語を作ること」と「自分が理解すること」常にやる必要があります。自分は作れなくてもいいんです。細かく理解する必要もありませんが、ざっくりでいいから言葉を理解しておく。そうすることで修正にかかるコスト感などを把握することができます。huezに新しくディレクターが入ってきた際は「一通り全部触っといて」と言うようにしています。私は実を言うと、オーケストラの指揮者の思想も参考にしているんです。指揮者は全部の楽器が演奏できるように、最初叩き込まれるのですが、だからこそ、各演者の気持ちを汲むことができ、指揮も務まる。これはクリエイターと対話するときにも当てはまる考え方なんですね。
narumin:たしかに。クリエイターと話すうえで、ある程度理解があったほうがスムーズに対話できますよね。
としくに:コンセプトとルールだけを定め、自分の世界観を引くことができるディレクターは結構いると思うんです。そこに、共通言語を理解するというか、専門領域の技術やスキルを少しでもいいから触れるようにしていく。そうすることで、ものづくりをする人の痛みや辛さを肌で感じられるようになる。私の経験として、エンジニアの徹夜作業に一緒に付き合ったこともありますよ。作業を共にするわけではないですが、辛い現場を見て痛みを分かち合うことで、クリエイターとの接し方がつかめるようになるんです。
narumin:としくにさんは、クリエイターならではのメンタルや悩みなどの含意を汲み取り、活躍できるような環境づくりに長けているなと感じました。だからこそ、周りには優秀なクリエイターが集まっているんですね。今回はありがとうございました。