“74歳シニア起業家”がテクノロジーの力を借りて水族館を創り上げた理由

「カワスイ」インタビュー

臨場感や没入感を生み出すために水槽の“見せ方”を工夫

 こうして生まれたのが「世界の水辺を、冒険しよう」をコンセプトにしたネイチャーエンターテインメント水族館だ。

 世界中の生きものが集う「水辺のオアシス」として6つの展示ゾーンを作り、約230種類の生きものが鑑賞できる空間へと昇華させた。

 なかでも、水槽と映像のもたらすコントラストや空間美に一際こだわったのが、世界最大級の湿地として名高いパンタナルを再現した「パンタナルエリア」だ。

 「南米の大自然豊かな情景を演出し、かつ奥行きのある拡張性を持たせかったので、あえて透明な水槽にこだわったんです。普通は擬岩や砂利、水草などを水槽の中にレイアウトするわけですが、そうしてしまうと手狭の空間になり、水中を泳ぐ熱帯魚たちが目立たなくなってしまう。そこで水槽の外に植栽を植え、さらにその後方にアマゾン川流域の映像を流すことで、水槽と映像がシンクロし、パンタナルの湿原にいるかのような臨場感や没入感を味わえるよう工夫しました。この世界観を創るために映像制作会社と協力したのですが、始めのうちはやはり表現の趣向が理解されず、大反対されたんです(笑)。

 『せっかく映像を作っても、植栽が邪魔したらお客様に見てもらえないのでは』という反対意見がありましたが、お客様はあちこちに移動しながら鑑賞するわけで、透明な水槽の後方に映像を投映すれば、まるで川の中からパンタナルの自然美を眺めているかのような演出ができる。こうして創りたい世界観を理解してもらうよう努め、水槽と映像が織りなす空間美の実現に至ったのです」

 このほかにもアマゾンの広大な熱帯雨林を再現した「アマゾンゾーン」やデジタルやCG技術を用いた「パノラマスクリーンゾーン」、水槽内に設置したカメラの映像をAIがリアルタイムに解析し、回遊する生きものの種名や解説をディスプレイに表示させる「LINNÉ LENS Screen(リンネレンズスクリーン)」など、随所にこだわった空間プロデュースを展開している。

コロナ禍で苦難に苛まれる状況も、決死の努力で踏みとどまる

 カワスイにしかない独特の世界観は、まさに坂野氏が生涯をかけて表現したかった水族館の姿そのものといえるだろう。

 しかし、開業当初からコロナ禍という厳しい社会状況のなかで水族館の運営をしていかなくてはならない苦難が待ち受けていた。

 カワスイ開業に先立ち、企業からの出資や銀行融資で数十億円を調達したものの、コロナ禍による外出自粛ムードや緊急事態宣言の影響で思うように客数が伸び悩み、事業資金が目減りしていく状況も経験したという。

 「コロナ禍で満を辞しての水族館オープンだったゆえ、苦境に迫られることは覚悟していました。毎月の維持費として家賃や飼育代、水道光熱費など合計で数千万円はかかるので、お客様にたくさんお越しいただかないと成り立たないのですが、昨年の暮れや今年の2月は本当にどん底を味わいましたね。クラウドファンディングを実施したり銀行や家賃の支払いを先延ばしにしてもらったり、投資家から追加投資を募ったり……。様々な策を講じて、ようやくコロナが落ち着けばなんとかやっていけるだけの状況になりました。川崎は非常に地元愛が強い街でもあり、まずは地域にしっかりと根を下ろしてカワスイを盛り上げていきたい」

カワスイ浮上の鍵は「地元に愛され、支えられる水族館になること」

 坂野氏の経験上、水族館は地元の支えがあってこそ、存続していける側面が大きいという。

 地元に愛され、住民の拠り所となる場所になれば、地域社会に関わる様々な人が支えてくれるそうだ。

 「概して5~6年くらい、地域に根を張って水族館を運営し続けることができれば、その地域になくてはならない存在になる。逆に5~6年経ってもあまり支持されないようでは厳しいんです。直近では水族館の中にいるのではなく、積極的に外へ出ていくことを心がけています。学校に出向いて課外授業を行ったり、海や川の生物調査に協力したりと多様な人との関わり合いを持ちながら、一緒にカワスイを盛り上げていく気持ちで取り組んでいますね。今はまだ状況的に耐え忍ぶ時期ではありますが、カワスイの魅力をもっとたくさんの人に広めていきたいと考えています」

 坂野氏が描くカワスイの未来はまだまだ始まったばかりだ。

 最後に今後の展望について伺った。

 「実は新たな水族館を作るためのプロジェクトも水面下で動いているんです。カワスイがある程度落ち着いてきたら、“第二のカワスイ”を世にお披露目できるよう、推進していく予定です。固定観念に縛られることなく、自由な発想を持って水族館の運営に携わることをモットーにしてきたので、カワスイのエッセンスを盛り込んだ次世代のテーマパークを見出していきたい。また、社長も早い段階でバトンタッチできるように考えているので、経営を託すことのできる人材の選出も必要になってくるでしょう。水族館が好きだからこそ、いくつになっても挑戦でき、夢を追い続けることができるんです。ぜひ今後のカワスイを見ていてください」

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