1989年の『MOTHER』と2021年の『MOTHER』――時を越えて紡がれる音楽の旅

MOTHER MUSIC REVISITED

 『MOTHER』楽曲の再アレンジという構想は、ムーンライダーズが再び活動を休止した頃から鈴木慶一の心の中にあったという。時は流れて、2021年1月。鈴木のセルフプロデュース&全曲ニュー・レコーディングによるアレンジを収録した『MOTHER MUSIC REVISITED』が発売された。デラックス・エディションにはゲームオリジナル音源をほぼ網羅したボーナスディスク(音源収録はチップチューン・アーティストのサカモト教授が担当)が付属。鈴木と田中宏和のそれぞれの担当曲がほぼ全て判明したことも大きなトピックだろう。

 鈴木のミュージシャン生活50周年を記念して制作された本アルバムは、楽曲順やヴォーカル曲の英詞(リンダ・ヘンリック作詞)こそ1989年版と同じだが、アレンジの方向性は全く異なっている。鈴木自らメインヴォーカルを務め、ゲスト編曲者としてMETAFIVEのゴンドウトモヒコ、蓮沼執太&U-zhaan、カメラ=万年筆の佐藤優介を迎え、演奏ではホーンやパーカッションをふんだんにフィーチャーし、90年代以降のオルタナティヴ・ポップのエッセンスも吸収した室内楽的・音響的ポップサウンドが全体を包む。ホームメイドな雰囲気も色濃くにじみ出た印象だ。アルバム発売時のインタビューで鈴木はこう語っている。

「最初はすごくプレッシャーがあり、あれだけやりたいなあと思ってたのが苦痛に変わりました。それはMOTHERマニアがたくさんいて、その人たちのことを考えてたんだと思います。それをやめて、自分のやりたいようにやろうと思った瞬間、気楽になり録音はどんどん進んで行きました。ゴンドウトモヒコくんの助けも大きかったです。こだわりはオリジナルとどれだけ離れるか、もしくは近づくかでした」

▼INTERVIEW 鈴木慶一「錯乱や妄想が少しでも伝われば」音楽家としての矜持
(MusicVoice|2021年1月27日公開)
https://www.musicvoice.jp/news/202101270177720/

 現在の鈴木慶一が過去の鈴木慶一と向き合い、飽くなき音楽的好奇心のもとに見つめ直した『MOTHER』であり、もう一つの〈音楽の旅〉を描いたアルバムなのだ。バリトンサックスの響きで幕開けし、エフェクティヴな鈴木のヴォーカルがまるでいざなうかのように歌い上げる「POLLYANNA (I BELIEVE IN YOU)」からサイケデリックなポップ感が立ちこめている。続く「BEIN' FRIENDS」ではダウナーなリズムやTHE BUGGLES風のヴォーカル/コーラスの中、ゴンドウトモヒコのフリューゲルホルン、東涼太のバリトンサックス、湯浅佳代子のトロンボーン、四家卯大のチェロが淡く色づけしてゆく。「THE PARADISE LINE」は軽快なカントリー/フォークサウンドで、1989年版アレンジのにぎやかなロック感と好対照を成す。鉄道列車のテーマだが、足取り軽く線路沿いを歩いているかのようなイメージを想起させる。間奏部では「HUMORESQUE OF A LITTLE DOG」のフレーズがごくわずかだが登場し、ちょっとした遊び心を感じさせてくれる。

 ゴンドウの編曲・演奏による「MAGICANT」(インスト)は、マリンバとホーンを中心に奏でられるミニマルミュージック風アレンジ。無国籍な雰囲気がユーモラスに醸しだされる。上野洋子の多重コーラスをアクセントにした「WISDOM OF THE WORLD」はフォークトロニカ的でもあり、鈴木の穏やかなヴォーカルは自己の内面を深く掘り下げていくかのようだ。「FLYING MAN」のコーラスパートのポップな華やかさは依然として健在で、今回はさらにストリングスカルテットも加わってゆく(コーラス&ストリングス編曲は上野)。蓮沼執太とU-zhaanの共同編曲・演奏による「SNOW MAN」(インスト)は、ざわめくようなシンセのバッキングと、U-zhaanのタブラのメロディアスなグルーヴが絡む。「ALL THAT I NEEDED(WAS YOU)」は、四家のチェロ以外は全て鈴木の演奏で構成されたアレンジ。演奏クレジットには〈2020's Vocal〉〈1989's Vocal〉とあり、現在と過去の鈴木の声が重なり合うという感慨深い趣向だ(ちなみに、1989年録音の鈴木のヴォーカルテイクは、2011年発表の『THE LOST SUZUKI TAPES Vol.2』に収録されている)。「FALLIN' LOVE, AND」(インスト)は佐藤優介が編曲。軽快さの中に一抹の寂しさがただよい、甘酸っぱい空間が広がってゆく。演奏は佐藤(キーボード)、佐久間裕太(ギター)、シマダボーイ(テルミン、パーカッション)。彼らはアンビエントユニットNEUSTANZの活動メンバーでもある。1989年版よりさらにテンポを落とした「EIGHT MELODIES」は、ストリングスカルテットとサカモト教授のアコースティックピアノに、鈴木が十数本のギターサウンドを重ね、しっとりとした印象だけで終わらない仕上がり。散りばめられた〈Take a Melody〉〈Love is〉のフレーズのリフレインも印象的だ。「〈EIGHT MELODIES〉に関しては、これが最終形じゃないかもしれない。まだまだいろんなテイクができそうだ」(ミュージックマガジン2021年2月号インタビュー)と、鈴木は語る。

鈴木慶一『MOTHER MUSIC REVISITED』Teaser Movie

 2020年11月28日、Billboard Live TOKYOにて【鈴木慶一のミュージシャン生活50周年記念ライヴ】が行われ、『MOTHER』の楽曲が過去のアレンジと現在のアレンジを織り交ぜて披露された。ライヴ終盤では田中宏和も登場し、「FALLIN’LOVE, AND」「EIGHT MELODIES」の演奏に加わった。田中の音楽性も、今なお進化し続けている。レゲエ/ダブからの影響を公言し、早くからゲーム音楽に取り込んだ田中だが、音楽ジャンルに対する姿勢はどこまでも自然体であり、その飄々としたスタイルが音楽性の底知れない魅力にもつながっている。近年のライヴパフォーマンス名義の一つである〈Chip Tanaka〉の1stフルアルバムとして2017年11月に発表した『Django』は、田中の音楽キャリアに一つの節目を刻んだ作品だ。「僕の音楽に大人用/子供用というものがあったら、今作は『MOTHER』の戦闘曲に代表されるようなハードな側面のゲーム音楽の昇華形」という田中のコメントも興味深い。ロック、ダブ/レゲエ、テクノ、エレクトロ、フューチャーベースなどが鮮やかに内包された、ハイブリッドなチップチューンアルバムに仕上がっている。その後、DE DE MOUSEとのコラボレーションEP『Pot of Peas』や、DAOKOとのコラボレーション曲「帰りたい!」の制作を経て、2020年7月には“消え去る場所や人へのノスタルジア”をテーマにした2ndフルアルバム『Domingo』を発表。チップサウンドがバラエティ豊かに詰め込まれた「Tubeworm Dub」や「Rad Bat」では田中の音職人としての側面を存分に感じさせ、「Oppama」や「A Song for Stars」の人懐っこいメロディに思わず頬が緩み、「Plasma」のエキセントリックな味にジワジワと没入させられる。澄んだイメージの楽曲を通して、過去と未来がさりげなく交わり合うかのような不思議な感覚をおぼえる。

 鈴木慶一と田中宏和――旺盛な活動の中で進化/深化を続ける2人の音楽性の行く先を、まだまだ追いかけていきたい。

■糸田 屯(いとだ・とん)
ライター/ゲーム音楽ディガー。執筆参加『ゲーム音楽ディスクガイド Diggin' In The Discs』『ゲーム音楽ディスクガイド2 Diggin' Beyond The Discs』(ele-king books)、『新蒸気波要点ガイド ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019』『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』(DU BOOKS)。「ミステリマガジン」(早川書房)にてコラム「ミステリ・ディスク道を往く」連載中。

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