新時代のライブ体験を進化させる? “AI駆動型のバーチャルDJ”がもたらすものを考える

“AI駆動型のバーチャルDJ”がもたらすもの

 今年はコロナ禍の影響を受けて、リアルライブミュージックシーンが大きな打撃を受けた一方で、VRやARなどのXRテクノロジーを駆使したバーチャルライブが広く世間に浸透した。来年はそこにAIが加わることで、さらにテクノロジーを活かしたライブ体験が進化することになるかもしれない。

 そんな可能性を感じさせるのが、今月、ソーシャルVRプラットフォーム開発を手がけるテック企業「Sensorium Corporation」が発表したAI駆動型のバーチャルDJ「JAI:N」だ。

 「JAI:N」は、「Sensorium Corporation」とAI音楽生成プラットフォーム「Mubert」が業務提携し、開発した世界初の”あらゆるムードや環境に適応し、常に変化する音楽の流れを自律的に作り出す”ことを謳ったAI駆動型のバーチャルDJだ。その謳い文句どおり、「JAI:N」の特徴は、あらゆる状況にあった選曲を行うだけでなく、DJプレイ時に使う音源を自ら作曲できることにあり、その音源は、その場の雰囲気に沿いながら、豊富なサンプルのデータベースに基づいてリアルタイムで生成されるという点にある。

Meet JAI:N - First-ever AI-driven Virtual DJ

 「Sensorium Corporation」は、すでに自社のソーシャルプラットフォームである「Sensorium Galaxy」のワールドのひとつとして、”エレクトロニックミュージック・ショーのためのコンセプチュアルなバーチャル・コンテンツ・ハブ”「PRISM」を開発し、2021年初頭より、同プラットフォームでCarl CoxやDavid Gutta、Armin van Buurenといった有名DJによるVRバーチャルライブを配信することを発表している。また、今回、発表された「JAI:N」もそういった大物DJらとともに仮想空間からDJプレイをライブ配信する予定になっている。

 一方、「Mubert」はAI音楽生成プラットフォームとして、すでに何百万曲ものAIが作曲した音源を配信しており、昨年、同社のモバイルアプリは、世界170カ国のApp Storeで「App of The Day」を受賞したほか、Google Playでも「App of The Year」を受賞する実績を持っいる。ウェブやソーシャル用のオンラインデザインツール「Crello」、瞑想アプリ「Insight Timer」などに音源を提供しており、現在はAIによる高品質な著作権フリー音楽の供給元になっている。

 このような2社の知見を組み合わせることで開発された「JAI:N」では、ヒップホップ、EDM、K-POP、インディーロックまで、60以上のジャンルの音楽を膨大なサンプルベースを使い、AIがリアルタイムで作曲し、さらにDJミックスまで行えるのだが、注目したいのは、AI自体が機械学習を行うことで、生成される音楽のクオリティーを上げたり、DJミックス自体をより生身のDJのようにその場の雰囲気に沿ったものにしていくことができるという点だ。

 現時点では、機械学習のためのユーザーデータを採取する具体的な方法は明かされていないものの、例えば、ユーザーのコメント投稿や投げ銭のタイミングといったなんらかのリアクション、もしくはプラットフォームへの滞在時間などがそのデータの元になることが予想できる。つまり、「JAI:N」はパフォーマンスを行う回数が増えれば増えるほど、データを蓄積し、それがAIのアルゴリズムに反映されることでより高度なDJ用音源の自動生成やDJミックスが可能になるというわけだ。

 こういったAIバーチャルDJの活用方法について、海外ダンスミュージックメディアのDJ Magは、AIバーチャルDJが生身の人間がバーチャルライブを行う際の前座を務めたり、DJプレイ時に使う音源の購入費用を必要としないといったバーチャルライブを開催するためのコストパフォーマンス面でのメリットを例として挙げている。しかし、筆者としてはそういったメリットにもうひとつ付け加える形で、AIバーチャルDJが機械学習し、よりユーザーの好みにパーソナライズされたDJプレイを行うことで、バーチャルライブ自体への没入感を高めることができるようになる可能性も挙げておきたい。

 AIバーチャルDJは、ユーザーのバーチャルライブ参加履歴や聴取履歴を分析することで、各ユーザーの好みにあったDJプレイを披露するパーソナルDJとしても将来的には活用できるようになるということが考えられる。個人の聴取履歴に沿ってパーソナライズされた音楽を再生することは、すでにSpotifyやSoundCloudなど音楽プラットフォームでは採用されているため、技術的には特別珍しくないが、イベントに参加した際にDJが個人のためだけのセットリストでプレイしてくれるということは体験としてはまだまだ目新しい印象がある。また、不特定多数の人が参加するリアルライブであれば、そういったことは物理的に難しいが、バーチャルの中でなら不特定多数の人が同じ空間にアクセスしていたとしても、今後のテクノロジーの発展によっては個人個人に向けた選曲をAIバーチャルDJが行うことも可能だろう。

 そうなるとバーチャルライブにおける体験の共有性が失われることもデメリットのひとつとして考えられるが、一方では、リアルにはないバーチャルならでは特色を出せる部分にもなってくるはずだ。特にリアルイベントに参加する場合「目当てのDJ=自分の好みの音楽をかけてくれるDJ」という認識は少なからずあるはず。その前座DJが自分の好みとは違うプレイをするDJだったという経験をしたことをある人からすれば、AIバーチャルDJが自分好みのDJプレイをすることで、その後に控える目当ての生身のDJのプレイにより没入できるという状況が作られることは、ある種、AIバーチャルDJが最高のウォームアップDJとなることを意味するため、体験としても受けれ入れやすいのではないだろうか。

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