『時をかける少女』の世界をバーチャルトーハクが再現 「架空」と「実在」が混在する新しい鑑賞体験とは
映画の世界に迷い込んだような感動
それでは、実際のバーチャル展覧会について見てみよう。
本展覧会は、バーチャルSNS「cluster」のアカウントが必要になる。「cluster」は、スマートフォンや PC、VR機器など様々な環境からバーチャル空間に集って遊べる、マルチプラットフォーム対応のバーチャルSNSだ。アバターを作ってバーチャル空間でライブに参加したり、参加者同士でグループコミュニティを作ってコミュニケーションを図れる。
今回、「バーチャルトーハク」で再現したのは、東京国立博物館本館のエントランスと、大階段と展示会場となる18室。ユーザーは自身のアバターを操作して、入り口から展示会に至る経路もバーチャルで体験できるようになっている。アバターは男子高校生と女子高校生の2種類のアバターが用意されている。
エントランス前の空間は、細田監督の『サマーウォーズ』との特別コラボ仕様で、作中のバーチャル空間「OZ」をイメージした作りになっており、細田作品のファンにはうれしい仕掛けだ。
エントランスに入ると、『時をかける少女』のキャラクターパネルが設置されていて、「cluster」内の機能である撮影機能で記念写真が撮れる。
大階段は、実際の東京国立博物館でも使用されている大理石の質感を忠実に再現しており、現地を訪れたことがある人はおおいにリアリティを感じるだろう。
18室の展示会場に行くためには、大階段を上る必要がある。上った先にある入り口をくぐると、『時をかける少女』の設定資料や、作中のセリフを引用した本展示会のコンセプトが見られる空間に出る。ここを歩いて抜けていくと、本展覧会がある。
展覧会は、展示物も配置も松嶋氏が映画制作時に監修したものを再現。当時から、映画には映りこまない部分も詳細に展示設定されていたとのことで、今回のバーチャル展覧会では、その内容を隅々まで堪能できる。
展示物に近づくと自動的に大きな表示になり展示の詳細を見ることができる。さらにズーム機能もあるので、拡大して展示をじっくり見ることが可能だ。
展示の目玉は、やはり作中でも鍵となる「白梅ニ椿菊図」だろう。未来からやってきた千昭がどうしても見たかったこの絵を心ゆくまで堪能することができるのは、自分が映画の中の世界に入り込んだような感動をおぼえる。
本展覧会の見どころはこれだけにとどまらない。架空の美術品だけでなく、実際に東京国立博物館が所蔵している美術品も並んでいる。例えば、「玄奘三蔵像」は実際に同博物館が所有しているものであり、作者不明の作品を集めるというコンセプトに沿ったものであるために、展覧会に採用したとのことだ。
本展覧会は、一度チケットを購入すれば、会期中ならいつでも「cluster」にログインして閲覧することが可能だ。時と場所を選ばずに鑑賞できるのもバーチャルならではの強みであり、時と場所の超越するタイムリープを描いた映画のテーマにも沿っていると言えるだろう。
架空の展示物と実在の展示物が混在している空間をバーチャルで体験するのは、リアル空間の展覧会とは異なる趣を与える。虚構の存在から本物への興味が湧くと同時に、リアルとは何かという問いかけを鑑賞者に与えるだろう。
「バーチャルトーハク」の試みは、コロナ禍の単なる「リアルの代替物」にとどまらない、新しい鑑賞体験をもたらすだろう。『時をかける少女』の「アノニマス ―逸名の名画―」はその最初の試みにふさわしいテーマだ。
■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。