特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」(Vol.7)

fhána佐藤純一と“オンラインライブ”を起点に考える、創作と人間の本質 「フィクションを信じられるのが、人間の人間たる所以」

“無観客ライブ”という呼称への違和感を経て“オンラインライブ”へ

――ライブに向けてすべてを組み上げていったのではなく、すべてが繋がる先が今回のライブだった、ということですね。

佐藤:そうです。『イマチケ』の流れとはまた別に、昨年から天王洲に『KITEN』という総合コミュニティースペースを作っていたんです。僕は音楽活動以外に、美術大学時代の仲間とデザイン会社(FRAMELUNCH)を立ち上げていて。ここ何年かは90%以上音楽の仕事をしていて、会社にはあまりコミットしていなかったのですが、『KITEN』については共同プロデューサーとして主にステージや照明周りに関わっています。『KITEN』も1月にプレオープンしたんですが、こういう状況になってしまったので、すぐに方針転換して、配信ができるようにちょうど機材を拡充しているところだったので、「じゃあKITENから配信しよう」と。

 そしてライブの位置づけも、去年スタートした自主企画イベント「Sound of Scene」の一環としたうえで、コロナ禍に作った新曲「Pathos」をタイトルに冠することにしたんです。

ーーその繋がり方は面白いですね。

佐藤:あと、「じっくり考えて作ったと思った」と言っていただいたのですが、確かにそういう部分はあるかもしれません。外出自粛期間に色々なアーティストが自宅で作って公開している作品の多くは、”手作り感”や”生活感”のあるものでした。それはそれで良さがあるのですが、fhánaとしては違うものにしようと。「Pathos」のMVはiPhoneで撮影しましたが、生活感は出さずに映像自体がグラフィックとして成立するように緻密にデザインしました。

fhána - Pathos(Official Video)

 今回”オンラインライブ”と呼んでいるのも、“無観客ライブ”という呼称に違和感があったからなんです。”無観客”と言ってしまうと、本来はお客さんが入るべき空間に、お客さんを入れないでやるライブというニュアンスが出ますよね。でも、配信する前提でのライブは、画面の向こう側に沢山のお客さんがいるわけで、決して“無観客”ではない。今回僕は、通常のライブができないから、その替わりに配信でライブをするのではなく、新しいコンテンツを作るつもりで取り組んでいるので、”オンラインライブ”と呼ぶことにしたんです。

ーー凝り固まっているイメージから解き放つという意味でも、言葉のアップデートは重要ですね。「Pathos」を今回作るにあたって、各自が宅録で作ったということですが、fhánaの成り立ちを考えると、ある種“原点回帰”ともいえるような。

佐藤:そうですね。デビュー前はもともと全員が宅録で作っていましたし、そもそもfhánaが1番最初に作った曲が「kotonoha breakdown」という、東日本大震災後のいろいろな社会やSNSの状況を受けて、アンサーソング的な作品だったんですよね。今回の「Pathos」も、コロナ禍における社会やSNSの状況や人々の心理的な変化を受けて作った曲なので、そういう意味でも原点といえる気がします。

ーーとはいえ、ただ原点に立ち返ったわけではなく、towanaさんが歌詞を書いていることも含め、いまのfhánaにしかできない表現でもあって。

佐藤:今回towanaから歌詞が上がってきて目を通したときに、〈悲しくない話をしよう〉というフレーズが飛び込んで来て思わず泣きそうになりました。この時代の空気をまさに表しているなと。「こういう状況だから、明るくポジティブにいこう」とか「怒りに囚われずに、団結しよう」みたいな前向きなメッセージが、残念ながらいまは共感されにくい状況です。だからせめて、「悲しくない話をしよう」というのは、いま言える、ギリギリの切実でリアルな言葉だと思いました。

 林くん(林英樹/fhána楽曲の大半で作詞を担当)がtowanaの歌詞を指して「器の中身について直接的に触れないて、器の形状について描写することによって、その中に入っている本質を表現するのがすごくうまい」と言っていたんですが、「Pathos」の歌詞に関しても、まさにそうだと思いました。

――確かに、towanaさんの歌詞はすごく視覚的で情景が浮かびやすくて、林さんの歌詞はナラティブで、良い対比になっている気がします。当時との違いといえば、使える機材やシステムなど、テック面での進化もありますよね。

佐藤:以前のインタビューでも聞いていただいたように、スタジオ環境は年々進化しているのですが、ギターに関しては何年もスタジオでアンプを鳴らして録るのが当たり前になっていたので、久々にシミュレーターを使いました。yuxukiくんが最近、Strymonの新製品、IRIDIUMというアンプシュミレーターを導入したのですが、すごくコンパクトなのに一聴したときのアナログ感が強くて驚きましたね。

――生楽器の扱いで大きな違いが出てきたということですね。そういった点ではボーカル録りも苦労したのでは?

佐藤:もともと僕の好きな『VENTECH 273』というマイクプリアンプ(以下、マイクプリ)があるんですが、これはtowanaのボーカルと相性がいいんですよ。高音が目立つtowanaの声だと、NEVEやFocusriteの定番機材ではブライトすぎちゃうんですけど、VENTECHのマイクプリは重心が低いので。ただ、これもランティスのスタジオに置きっぱなしになっていたので、「Pathos」の歌録りのときはUNIVERSAL AUDIO(以下、UAD)のオーディオインターフェース「apollo twin」に搭載されているユニゾン機能ーーギターのアンプシミュレーターみたいに、色んなマイクプリやコンプをバーチャルで選んで、その質感で掛け取りができるというものを使いました。

 もともと「apollo twin」は家で仮歌を取るときにたまに使っていて、音がいいなとは思っていたのですが、今回仮歌ではなく本歌用に使ってみたら「普通に使えるじゃん!」と改めて感動しましたね。コロナ禍で宅録を始めたアーティストやミュージシャンは「宅録ってマイクプリとかコンプとかオーディオインターフェースは何を揃えればいいんですか?」と悩んでいると思うんですが、僕の中では中途半端なセミプロユース機を揃えるくらいなら、apolloシリーズのどれか安い機種を買うだけでいいよ、とおすすめしたいくらいです(笑)。

 「ライブ現場と配信=日常と非日常=ハレとケ」

ーーバーチャルマイクプリで代用可能、というのは意外で面白いですね。音楽におけるテクノロジーといえば、先日公開した藤本実さんのインタビュー記事(藤本実に聞く“コロナ以降の演出”「参加型のライブがスタンダードになる」)をきっかけに、佐藤さんがnoteを書いていただいていたのを見ました。

佐藤:このコロナ禍で、今まで当たり前のように現場で体験していたライブや舞台、映画の価値って何だったんだろうということを考えていました。現場で体験するライブと家で画面で見るライブに違いは、音響設備が違うとか挙げれば色々ありますが、本質的には、以前にUNISON SQUARE GARDENの田淵(智也)さんとの対談でも話した「日常と非日常の対比」の話に帰結するなと思いました。ライブの現場は“非日常”、つまり「ハレとケ」の「ハレ」の場で、家は”日常”であり「ケ」の場なわけですよ。ライブの空間は閉ざされていて暗かったりして、そこに人がたくさん集まっていて。そんな場に家からスケジュールを調整したりオシャレして行かなきゃいけなかったり、会場への道のりも、非日常的な変性意識状態に入っていく儀式だと思うんです。

 でも、それが家で見るライブには一切ないわけで。オンラインライブをやるうえで、自宅という究極の「ケ」の空間の中に、いかに「ハレ」の瞬間を作り出せるかというのをすごく考えましたし、藤本さんが話していた「画面の外の出来事と、画面の中の出来事では、感じ方が全く違う」ということも、まさにそうだと思いました。

――空間に干渉されることで、インタラクションが生まれるという。

佐藤:明るい部屋で画面を見るよりも、部屋を暗くしてプロジェクターや大画面で見るだけでも、光の明滅が今自分が実際にいる空間と溶け合って影響し合って、非日常感が出ますよね。家という空間の話で言えば、現場だと物理的に拘束されていてライブに没頭できるというか、没頭せざるを得ないんですけど、家では他のことが簡単にできてしまうので、どうしても没頭するのが難しい。5月の後半から6月に入ってからの配信ライブは、みんながそういうものを模索しながらやっていた印象があります。

――サービス側もアーティスト側も、たしかに次のステップへ進んでいるように感じます。

佐藤:今回すごく重要だなと思ったのは「音楽番組的な作り」を取り入れるということですね。非日常と日常とは別の論点なんですけど、通常のライブを現場で見ていたら、MCや曲間でちょっとした間があっても、それはそれで緊張感があっていいのですが、家で画面で見ていると、とにかく集中が切れやすいわけですよ。その集中を切らさないために、テレビ番組だったらいろいろな仕掛けをやっているわけですよね。トークが入ったり、番組の進行としてすごくテンポが良かったりするので、変な間が生まれないじゃないですか。進行において、美しいシークエンスを作っていくことで、時間の流れのコントロールを大事にしたいなと思っています。とはいえ、はじめての試みなので、グダグダになる可能性もありますけど(笑)。

ーーほかに、ライブの演出において考えていることはありますか?

佐藤:YouTube Live、SHOWROOM、インスタライブのようなコメントを使ってのやりとりを参考にしています。

――演出だけではなく、インタラクティブなコミュニケーションも取り入れていくと。

佐藤:通常のライブだと、MCで目の前のお客さんに語りかけて、拍手や笑いのようなリアクションがありますよね。SHOWROOMのライバーやYoutuberのライブ配信や、古くはニコニコ生放送の生主の配信は、チャットやコメントの内容をリアルタイムで拾うことで視聴者とコミュニケーションを成立させているのが面白いなと思ったんです。あと、そういう配信って基本的に“カメラ目線”ですよね。Youtuberの動画も固定カメラでカメラ目線でしゃべっている。だから画面の向こうから自分に向かって語りかけられている感じがするんですけど、普通のライブ中継は、基本的にはカメラ目線はむしろご法度なくらいで、MCでも色々な角度から撮っていることが多いじゃないですか。見ている側からすれば、自分に向かって語りかけられている感じがしないのかもなと。

――ジャンルは全然違いますが、アイドルの大規模ライブに近いのかもしれません。基本的にみんなカメラ目線で、ファンもステージを直接見られないからこそ、ステージ上や横のモニターを介して目線が合ったような錯覚をしていたり。

佐藤:そうなんですよ。それをすごく実感したのが、ファンクラブ限定イベントの『ふぁなみりーサミット☆オンライン! ~Zoomの集い~』で。Zoomを使うので、基本は顔出し推奨にしつつ行なったのですが、配信しているこちらも、無観客状態でカメラに向かって話すよりも、届ける相手がモニター越しに見えていることですごくテンションが上がったし、お客さん側も、他の参加者の姿が見えることで、すごく一体感が生まれたんです。そこであらためて、カメラ目線や目と目が合うことの大事さを認識しました。

――あと、KITENという場所を使う上での演出も期待していいのでしょうか。

佐藤:KITENにはもともとステージがあるのですが、敢えてステージではなく本来は食事スペースのフロアにバンドセットを組んで配信します。というのも、普通にアーティストがステージにいて、お客さんがいない状態のフロアが映ってしまう配信を見ていると、まさに”無観客ライブ”という感じで、どうしてもリハーサル映像にみたいになってしまうなと。それに歌番組のスタジオセットって、そもそもフロアやお観客が入るスペースを考えられていないものも多いじゃないですか。なので、ステージにとらわれる必要はないと思いました。そしてフロアの背景には、天王洲というロケーションーー川があって、ライトアップされた夜景が見えるので、KITENならではの演出になると考えたんです。


――夜景がステージセットになるのは素敵ですね。

佐藤:現場にお客さんがいないぶん、演者の間にカメラが入って間近から撮影したり、メンバー自身がカメラを持っちゃったりと、色々やるつもりです。fhánaでいえば、YouTubeにアップしている「Relief」のリハーサル映像のイメージに近いですね。当時のマネージャーがiPhoneにスタビライザーをつけて撮っただけなんですけど、それでも結構面白い画になったので楽しみです。

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