Real Sound Tech × agehasprings 『Producer's Tool』第三回:森真樹

agehasprings森真樹に聞く、エンジニアリングで“境目を作る”ことの重要性

 音楽プロデューサーの玉井健二(a.k.a. 元気ロケッツ)が代表を務め、蔦谷好位置、田中ユウスケ(a.k.a. Q;indivi)、田中隼人、百田留衣、飛内将大、釣俊輔など、今や日本を代表するヒットメーカーが多数在籍し、最近ではライブプロデュースやレーベル設立、AI開発など、音楽業界の未来を見据えるクリエイティブカンパニー・agehasprings。彼らの考えていることを、直近のプロジェクトや使用している機材などを通じて紐解いていく連載『Producer's Tool』の第三回には、森真樹が登場。

 久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimerなど数々のアーティスト作品のレコーディング、ミックスを手掛けてきた彼のエンジニアとしてのスタイルや、エンジニアとしての転機、使用する機材とその重要性のほか、10月に大阪で開催されるワークショップ『agehasprings Open Lab. in Osaka』などについて、じっくりと話を聞いた。(編集部)

久保田利伸と玉井健二に気付かされた“新たな視点“

森真樹

ーー先日公開されたe-onkyoの記事でも書かれていましたが、森さんは乃木坂のSony Music Studios Tokyoでキャリアをスタートしました。Pro Toolsを武器にしたおかげでキャリアが大きく変わったとありましたが、レコーダーがテープからPCベースへの移行期に入社したからこそ、その変化に対応できたのでしょうか。

森真樹(以下、森):僕がスタジオに入ったタイミングでは、レコーディングはほぼ完全に「PCM-3348」などのテープレコーダーを使っていましたし、それをオペレートできることがまずアシスタントとしての最低条件でした。1年目後半くらいから、Pro Toolsを持ち込み始める制作チームが出てきたんですが、その時はまだレコーダー扱いではなくて。テープで基本的な歌を録って、それを編集する機材として使われていました。

ーーあくまでピッチを補正したり、タイミングを弄ったりするためのツールでしかなかったんですね。

森:録ってセレクトまでは「PCM-3348」という手法が主流でしたが、キャリア2年目に入るくらいから、実際にレコーダーとして使い始めるようになりました。その流れに応じて各スタジオーー僕らの乃木坂ソニー・ミュージックスタジオにもPro Toolsを本格的に導入する流れになり、まずは1、2台を持ち回りで使うことにしました。そこから2年くらいするうちに、Pro Toolsが各スタジオに常設されるようになって。Pro Toolsで1番多かったのはボーカルの編集作業だったので、それをできる先輩に仕事がどんどん増えていくのを見ていて、「そこで勝負しよう」と思うようになりました。そこから頂ける指名も多くなりましたね。

ーーなぜ指名が多かったんですか?

森:他のテープオペレートだと先輩たちに敵わないんですが、Pro Toolsのオペレートスピードには自信がありました。先輩たちはテープを主流としてきた人たちなので、みんなどうしても抵抗があったんじゃないでしょうか。だからこそ、僕は柔軟な姿勢で、胸を張って取り組んで仕事をもらおうと考えて、他の人より集中して勉強するようにしました。

ーーそのあと、業界として大きくPro Toolsに移行した流れを考えると、この判断は結果的に大正解でしたね。

森:そうですね。当時の日本のシーンって、CHEMISTRYをはじめとするR&Bの歌モノが主流だったので、よりボーカルレコーディングとエディットが重要視されていて。その時代の流れも相まって、Pro Tools需要も指名も増えたんだと考えています。

ーーそれらの武器を携えて、エンジニアとして「ボーカルレコーディングで一人前になれた」と思った瞬間は?

森:ここ、という明確なものはないんですけど、仕事が増えるなかで久保田利伸さんや玉井さん(玉井健二・音楽プロデューサー兼agehaspringsCEO)とご一緒したことや、ひたすら数多くの現場で経験を積めたことは大きかったです。

ーーやはり玉井さんとの出会いは大きかったんですか。

森:はい。プロデューサーのなかでも、雰囲気で色んな指示を出される方と、ロジカルに考えてディレクションする方がいて、玉井さんは圧倒的な後者なんですよ。全部の指示に対してロジックがあって、グローバルな基準で「ヒットする曲は、ここがこうあるべきだ」などということが言葉で説明できる。そんな玉井さんのボーカルディレクションを間近で聞けたのは、自分のなかでもかなり貴重な経験になりました。逆にそれがなかったら、他の現場で歌のエディットやオペレートについて指示されても、うまく具現化できなかったと思うんです。この経験があったからこそ、「いま要求されてるのって、あの時玉井さんが言ってたこのことかもな」とか、「玉井さんが言ってたあの感じを意識してやってみよう」と思って実践して、良い反応をもらうことが多くなりましたから。

ーーエンジニアとして、背中越しにディレクション側のノウハウを知ったと。

森:まさに、玉井さんがボーカリストに対して話すのを聞きながら、「こういうことを意識してボーカリストたちは歌って、ディレクターは指示してるんだ。だったら、エンジニアとしてこういう風に録ってあげよう」と取り組むようになりました。始めたばかりのころは、エンジニアってもっと理系な感じだと思ってたんですよ。音響・波形・数字・スペック・周波数特性……そういう知識をフルに活用するイメージだったんですけど、それを知ったうえで、もう少し感覚的・音楽的なアプローチを身に付けないといけない、と考えさせられました。

ーー両方のアプローチを学んだことで、エンジニアリング的・音楽的な最適解がわかるようになったんですね。もう一人、お仕事をした経験が大きかったという久保田利伸さんについてはどうでしょう?

森:玉井さんがプロデューサーとしての視点だとすれば、久保田さんからはアーティスト側の視点において大事なところをすごく教わりました。久保田さんはアルバム1枚にすごく制作時間をかけるんです。かなり長い時間を共に過ごした記憶があります。エンジニア側が意識すらしてこなかった部分に違和感を覚えたり、「普通のアーティストならそこまで気にしないのに」という箇所まで歌い直したりしていて、「こんなところまで聴いてるんだ」と思わされることが多いんですよ。あと、僕が当時、海外志向を持っていたこともあって、ニューヨークで勝負されている久保田さんのお話は、すごく魅力的でした。

ーー現地での体験談を教えてくれたわけですね。

森:そのうえ、アルバムのマスタリングにも同行させてもらえることになって、一緒にニューヨークのスタジオを見たり、レコーディングやマスタリングに立ち会うこともできました。

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