音楽×テック系スタートアップに日本の大手音楽企業ができることは? 有力者たちの発言から考える
後半は、エイベックスの加藤氏、ソニー・ミュージックエンタテインメントの古澤氏、NTTドコモ・ベンチャーズの稲川氏によるプレゼンテーションが行われた。まず、加藤氏は音楽市場について、国内ではなくグローバルで見るとポジティブな状況になってきていることをデータで紹介。2030年には現在の2倍である11兆円になるという予測があることを明かした。そのうえで、世界的な流れについていくためにも、既存事業と新規事業の双方をアップデートしたうえで、イノベーションを起こすことの重要性を説いた。
加藤氏が掲げる事業のアップデートは「何でもかんでも自社でやるっていうことではない」と前置きし、「国内に関しては win-win になるようなスタートアップであれば、積極的なM&Aの戦略もより取っていきたいし、実際に何件かはステルス的にクロージングしている」とコメント。そのうえで海外展開については「日本にはないような、めちゃくちゃ面白いサービスを持っているスタートアップがたくさんあるので、Techstars Musicとのパートナーシップを皮切りに、世界中の音楽スタートアップと新規事業の創出を行っていく」と宣言した。実際にエイベックスは「Endel」「Mighty」「Blink Identity」への出資を行なっており、実際に「Endel」に関してはローカルマーケティングパートナーとして日本でのプロモーション活動に協力していること、それが結果的にテレビ東京『WBS』や渡部建のラジオJ-WAVE『GOLD RUSH』での紹介や、App Storeでのヒーリング部門6位ランクインという結果に繋がっていることを述べた。
そして、加藤氏は「これからは一社で何でもかんでもやるような時代ではなく、それぞれの強みを認めながら、みんなで共創して作っていくっていうことが非常に大事だな、というふうに思っております。なので、我々としては、国内にも関わらず海外も含めて今後、どんどん共創していきたいなというふうに思っておりますので、 ここにいらっしゃっている皆さんも含めて、これから一緒に新しい価値を作って行ければ」とスピーチを締めくくった。
続いてソニー・ミュージックエンタテインメントの古澤氏は、ソニーミュージックが50周年を迎えたことを機に立ち上げたアクセラレーションプログラム『ENTX』について紹介。立ち上げのきっかけとして「音楽やエンタメを、これまで我々は CDやDVD、ブルーレイといった場所に閉じ込めてお楽しみいただいていたが、コンテンツ側から『狭い箱を飛び出してもっと広い世界で活躍したい』という声を聞いたような気がしてスタートさせた」と語った。
とはいえ「アーティストと一緒に新しい価値を作って、ヒットさせる」ことと「スタートアップの皆さんと一緒にエンタテインメントを新しい価値にしていく」ことは、これまでとやっていることは実質的には変わらず、A&R・プロデューサーといった役割が、社内メンターといったものに置き換わったようなものだとした。そのうえで、「ENTX」のミッションについて「スタートアップの皆さんが、事業を進める上で、課題とされていることとか、障害となっていることに対して、我々の持つエンタテインメントの力が、お役に立つことができないか」「世の中の課題を解決するスタートアップ企業のテーマと、我々のエンタテインメントの力を掛け合わせることによって、新たな価値を生み出していきたい」というものであることを述べた。
3人目として登壇した稲川氏は、今回唯一の通信キャリアからの参加ということで、「基本的に通信業界というのは、ビジネスモデルは一つで、ある情報を地点Aから地点Bに運ぶこと。そしてテーマはいつだってコミュニケーションということは昔から変わっていません」という前置きからスタート。音声の電話が開発されたときから人とのコミュニケーションの距離が近づき、1990年代にメールが生まれて時間を忘れてやりとりをできるようになり、テレビ電話やスカイプのようなテクノロジーの進化とともにコミュニケーションが発展してきた歴史を紹介。そのうえで「来年、再来年には5Gネットワークが実現されていくという世の中において、ドコモやNTTグループの通信事業をどう変えていくか、というのを日本や北米、欧州、イスラエルといった地域のスタートアップの力を借りつつ、新しい取り組みを行っている」という現状を明かした。
投資については「ファンドを5つ運営していて総額で700億円分を動かしています」と情報を公開したうえで、投資先の一つである次世代型インタラクティブ動画技術. 「TIG(ティグ)」を手がける「パロニム」という会社のサービスを紹介。稲川氏いわく、「例えばキャンプのシーンを動画でみているとき、『このテントが可愛いな』と思ってタッチして右にスワイプしたら、そのまま商品が何かを分析し、ショッピングカートに入れることができるもので、将来的に動画サービスに実装したい」と語った。そのうえで、稲川氏は「我々が考えている課題は、色々なドコモのサービス―マガジンや音楽配信、映画配信、ショッピングサイトを連携させた“クロスセル”で、それぞれの売り上げを上昇させたい」といった展望を明かし、「ミュージックビデオを見ていて、そこのライブ会場まで行くための旅行・グルメ情報、アーティストが着ているブランドの服、そのアーティストが影響を受けた音楽コンテンツ、といった情報をタグ付けしていって、それらを連携させてコンビネーションを作ることで、いろんなものが生まれるんじゃないか」と仮説を立て、自社のサービスと音楽領域が結びつくであろうポイントについて語った。
最後にレコチョクの加藤氏が再び登壇。この日参加した各企業へ感謝の言葉を述べるとともに、「いま、音楽産業においても、IT技術は『活用する』というレベルを越えて『ビジネスパートナー』という存在になった。我々もレコチョク・ラボを立ち上げて次世代の音楽マーケットの創造に向けた研究開発を進めてきましたが、グローバルでのテクノロジーの進化が非常に早く、そこに関心を持つ中でTechstars Musicに出会い、参画いたしました」と同社の現状について語った。さらに、レコチョクの強みであるデータベースについては、「クラブ・レコチョクの会員が1,200万人、プレイパスのユーザーも150万人となり、レポーティング・ツールとしてシステム化し、提供を開始いたしました。今後、プロモーション分析や商材開発、AI活用によるビジネスマッチングやそのサポートなど、新たな価値を提供するマーケティング・ソリューションツールに進化させていきたい」と明かした。
そして、今後の展開については「新しいテクノロジーを使って、音楽との出会い、ユーザー体験、すなわち新たな購入体験や特殊エンコード技術による音楽視聴体験などの機能の盛り込みも考えており、ここしかない価値を提供するサービスを検討しています。また、複数のスタートアップの企業との連携も検討しております」と、新たなサービスを展開していくことを期待させたところで、この日のカンファレンスは終了した。
この日登壇した4社とレコチョク社を合わせた5社の話は、いずれも音楽×テクノロジーの領域上にある出来事にも関わらず、それぞれの色が出ていて示唆に富んだものになっていた。そのうえで共通点を見出すと、いずれも大手企業に関わらず、“自社のみで完結させる”といった結論に達していなかった。有力なスタートアップがあれば提携・出資・M&Aなど、お互いにとって利害の一致するやり方を選び、目の前の小さな課題ではなく、その先の大きなミッションを一緒に攻略する、という先を見据えた戦略性を感じた。
音楽の課題を解決するのは、決して音楽だけではなく、テクノロジーの力も必要不可欠なもの。そして、課題を解決するだけでなく、その先にはさらなる発展が待っている。そのことを身をもって知ることができただけでも、このカンファレンスに参加した価値はあったと思う。
(文=中村拓海/撮影=林直幸)