AIは“映画の神様”を乗り越えられるか? AIによって作られた映画とその成果を探る
プリプロダクション(脚本)、ポストプロダクション(編集)においてはある程度、先人達が作り上げた、”エモーションを生み出す型”のようなものが存在する。ただし、肝心要の撮影においては、どうやらディープラーニングという営み自体を適用させることが難しそうだ。『Zone Out』が示した通り、”映画監督”は未だ最もAIが介入しづらい領域であると言えよう。
だが、AIは優秀な脚本家や編集技師にはなれるかもしれない。2016年、IBMがWatsonという自社開発のAIを用いて、SFスリラー映画『Morgan』の予告編を作った。Watsonは、ホラー映画の予告編100本を分析して、映像・音声の特徴を見つけ出し、映画全体から予告編にふさわしいシーンを抜き出して予告編を制作した。ご覧になっていただくとお分かりの通り、スリリングで見事な予告編である。
映画は、他の芸術と比べて圧倒的に“神様”という言葉が用いられる芸術である。キネマ旬報2002年3月上旬号では、
「前もってイメージは出来ないんだよ。そこがポイントだ。新しいことが起るのが撮影現場だ。俳優が何かをもたらす。予期できなかった事をね。それこそが悦びだ」(ジェームズ・アイボリー)
「それなのに二度目のテイクで奇跡のように鳩が舞い降りて絶妙に画面を横切ってくれた。僕自身、あの場面を撮っていて、なんだか神が降臨したような祝福感を感じましたね」(ツァイ・ミンリャン)
と、年も国籍も違う2人の映画作家が現場での撮影について、“映画の神様”=予測・計算できないものがあると言及している。
筆者自身、現場で起きる、ある種奇跡としか言いようがない事態には何度も遭遇してきた。俳優のアドリブの掛け合いによるエモーションの高まり、マジックアワーで撮影するロングショットの美しさ、繰り返すテイクの中で偶然撮れてしまった画、こういった要素は、いかなる変数をAIに組み込んでも再現不可能なものであると考える。
もしかしたら、こうした“映画の神様”を乗り越えていくようなAIもいずれ登場するのかもしれない。しかしながら、映画においては未だ人類の優位がしばらく続きそうだ。
参考
https://arstechnica.com/gaming/2016/06/an-ai-wrote-this-movie-and-its-strangely-moving/
https://arstechnica.com/gaming/2018/06/this-wild-ai-generated-film-is-the-next-step-in-whole-movie-puppetry/
https://techcrunch.com/2016/09/01/this-trailer-made-by-ibms-watson-proves-ai-knows-how-to-creep-you-out/
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/4989/godofmovie.html
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG21H3S_R20C16A3CR8000/
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/18719
■近藤多聞
プロデューサー修行中の映画ライター。最近は映画ビジネスの変化と、 テクノロジーの発展と映画の関係性に強い興味があります。好きな監督は濱口竜介、エドワード・ヤン、エミール・ クストリッツァ、ジョン・カサヴェテス。Twitter