PSクラシックに収録されなかった幻の名作『moon』の話をしよう

幻の名作『moon』の話をしよう

『moon』と時代性

 ここまで『moon』がどういったゲームか軽く紹介したが、ここからは『moon』についてゲーム外の部分から考えてみる。どんな作品も、それが発表された時代と無縁ではいられない。『moon』もまた、発売された当時の時代性に大きな影響を受けているはずだ。

JRPGとバブル

 『moon』の話をする前に、JRPGが成立し人気を博した時代背景について触れておきたい。

 初代『ドラゴンクエスト』は1986年に発売され、『ドラゴンクエストⅢ』の時点では社会現象となるほどのブームを巻き起こす。同じくスクウェアの『ファイナルファンタジー』も、87年に発売され『ドラクエ』と双璧をなす人気タイトルとなった。

 ファミリーコンピューターが発売されたのが85年であるため、86,7年にこれらの人気タイトルがリリースされるのは不思議なことではない。だが、『ドラクエ』と『FF』を代表とするJRPGが日本で支持されたのには、バブルという時代性も影響していたのではないかと私は考える。

FAKE MOONのラスボス戦。グラフィックはまんま『FF』だ

資本主義的なゲームとしてのJRPG

 RPGは他ジャンルのゲームと比べ、資本主義的な性質を強く持っている。RPGではほとんどの町に武器屋や宿屋があり、代金さえ払えば強力な装備を揃えてゲームを有利に進められる。RPGを遊ぶうえで、お金は非常に重要だ。

 また直接お金をやり取りする点以外にも、レベルが上がることで着実に強くなっていくシステムも一考の余地がある。日本経済が右肩上がりに成長しており、個人レベルでも年功序列で出世する終身雇用制度がまだ機能していた時代に、キャラが確実に強くなっていくRPGのシステムはフィットしていたのかもしれない。

 既存のRPGのオルタナティブとして登場した『MOTHER』ですら、作中には資本主義の匂いが蔓延している。むしろ、『MOTHER』は舞台が現実になった分、「敵を倒すとお父さんが銀行口座にお小遣いを振り込んでくれる」「デパートでアイテムを買える」など資本主義的な側面が強化されているとすら言える。

成長神話が崩壊した後のゲーム『moon』

 さて『moon』の話に戻ろう。

 『moon』の発売された97年、日本はバブル崩壊後の不景気に加え震災や地下鉄サリン事件が重なり社会全体が不安定な状態となっていた。社会全体の混沌とした空気は、『新世紀エヴァンゲリオン』や『少女革命ウテナ』が生み出される土台にもなった。90年代のサブカルコンテンツは、どれも一癖も二癖もあるディープなものばかりだ。

 そんな時代に世に出た『moon』は、資本主義的なノリが信じられなくなった人のためのRPGとでも言うようなゲームだった。『moon』には強さのパラメーターは存在しない。またお金の概念はあるものの、買えるのは大したアイテムではなくRPGほどお金に万能感がない。

『moon』ではお金は「手に入れる」ものではなく、「もらう」ものだ。

 強さやお金よりも、目の前の相手とのコミュニケーションを大切にしたい。経済の成長神話が崩壊した後に作られた『moon』は、そんな時代の気分のようなものを如実に反映していたのではないだろうか。

ゲーム内ではBGMとして流せるMD(moon disk)が入手できる。ちなみに「くつしたの穴」は、『FF』の音楽でお馴染みの植松伸夫氏が作曲している。

それもラブ。これもラブ。愛に溢れ、いつまでも愛されるゲーム『moon』

 PSというハードウェアに、ラブデリックというインディー的なノリを持った開発元、そこに時代の空気が重なったことで、幻の名作『moon』は誕生したのである。

 PSクラシックにこの名作が入っていないことは残念だが、せめてこの記事で少しでも『moon』について知る人が増えてくれたなら幸いだ。

 また今年10月には、ラブデリックのメンバーが立ち上げたインディーゲームスタジオOnion Gamesからシューティングゲーム『BLACK BIRD』が発売された。こちらも『moon』のような独自の世界観を持った名作であることを保証する。ぜひプレイしてみてほしい。

■脳間 寺院(のうま・じいん)
京都生まれポケモン育ち、ボンクラオタクはだいたい友達。「ゲームをもっと面白く」をモットーに記事を書くゲームライター。Twitterにてゲームにまつわる情報を発信中。Twitter:@noomagame

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