“どんくさい主人公”が映す恐怖のリアル 映画『バイオハザード』にみるゲーム構造の再構築

映画『バイオハザード』が傑作になり得た理由

 もう一つ注目すべきなのは、このブライアンのストーリーが、恋人の妊娠という事態に向き合うタイミングに重なっているということだ。つまり、彼の恋人へのどっちつかずの態度により、彼女が不安に思うという体験を、彼自身が巻き込まれる「バイオハザード」により味わうことになるのである。このような後味の悪い設定が、おそらく本作のストーリーの着地にも関係しているはずだ。

 意外なのは、こうした共感しにくい部分のあるキャラクターを、あえて主人公に据えるといった挑戦的な姿勢である。通常、このような、危機また危機を乗り越えていく娯楽映画の主人公は、観客に最大限に感情移入させてこそ、熱量を上げられるからである。

 だが、そういう面があるからこそ、ブライアンがひどい目に遭い続けることを、それなりに笑って見られる面があるのも確かなのである。通常なら真の主人公になり得ない人物を、主人公として扱う。こうした趣向は、『WEAPONS ウェポンズ』で見られた、叙述的な仕掛けにも共通する。

 じつは、このブライアンに近い事情を持つ主人公像というのは、名作映画にも存在する。例えば、「サスペンス映画の帝王」こと、アルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(1960年)である。前半の主人公マリオン(ジャネット・リー)は、勤めている会社の金を持ち逃げして逃亡するといった罪を犯す。倫理に外れた主人公だが、いつしか観客は彼女の逃亡劇に集中し、つい捕まらないように願ってしまう。

 こうした主人公の奮闘を見るとき、おそらく多くの観客の視線は二つに割れていることになる。倫理に反する主人公の視点で感情移入しながら体験を共有するという見方。もう一つは、倫理を持ちながら状況そのものを俯瞰する見方。その両方が、鑑賞中に同時に走っているのである。

 そう思えば、本作『バイオハザード』もまた、そうした見方をさせられていることに気づく。なぜ、こういった複雑な演出が可能になるのかといえば、それは作品を送り出す側が、主人公と距離を取るアプローチをとれるということと、ストーリーに皮肉なユーモアを反映させられる資質を持っているからだろう。つまりザック・クレッガー監督は、ヒッチコック監督のような、俯瞰したシニカルさが根底にあるということなのだ。

 そして登場人物に、犯した罪以上の残酷な仕打ちを与えられることに躊躇がないということも、ホラーやスリラーを送り出す上での、一種の倒錯した“悪魔的資質”であると言うこともできるのではないか。登場人物に降りかかる理不尽さもまた現実であり、現実の恐ろしさを描くこともまた、リアリティなのだ。

 そう考えることで、本作が原作ゲームをうまく新たな設定やストーリーに昇華したというだけでなく、本格的なスリラー映画としても、高度な試みを成功させていることが理解できる。こうした作家性と娯楽性を高次元で融合させてしまう、ザック・クレッガー監督の才能と手腕、おそるべしである。

■公開情報
『バイオハザード』
全国公開中
出演:オースティン・エイブラムス、ザック・チェリー、カーリー・レイス、ポール・ウォルター・ハウザー
監督:ザック・クレッガー
脚本:ザック・クレッガー、シェイ・ハッテン
製作:ロバート・クルツァー、ザック・クレッガー、ロイ・リー、ミリ・ユーン、カーター・スワン、アサド・キジルバッシュ
エグゼクティヴ・プロデューサー:オリヴァー・ベルベン、ヴィクター・ハディダ、リチャード・ライト、ロバート・ベルナッチ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://biomovie.jp
公式X(旧Twitter):https://x.com/biomovieJP

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