『太陽を盗んだ男』が2026年の現代社会に突きつける問い なぜ理科教師は原爆を作ったのか

『太陽を盗んだ男』が現代に突きつけるもの

 2026年1月に世を去った長谷川和彦監督の伝説的作品『太陽を盗んだ男』(1979年)が、公開から47年、4Kデジタルリマスター版としてスクリーンに帰ってきた。半世紀近く前の作品とは思えないほど、その切れ味は少しも鈍っていない。なにしろ主人公は、アパートの一室で原爆を手作りし、日本政府を脅迫する中学の理科教師。これほど突然変異的な日本映画、ほかに思い当たらない!

 核の恐怖は、これまでさまざまな形で描かれてきた。『ゴジラ』(1954年)では、水爆実験で目覚めた怪獣が海からやって来る。黒澤明監督の『生きものの記録』(1955年)では、放射能におびえた老人が日本を脱出しようとする。『この世界の片隅に』(2016年)では、原爆が遠くの空に立ちのぼる雲として現れる。日本映画において核とは、空から、海から、遠くからやって来て、日々の生活を壊していくものだった。

 その反対に、核に匹敵する力を自分たちの内側から生み出した数少ない例が、『ゴジラ』の芹沢博士だ。恐るべき兵器を生み出してしまった芹沢は、それが戦争に使われることを恐れて研究を葬り、ゴジラとともに海の底へ消えていく。ここで「作る側」は、作ったものを自分ごと封印することで責任を引き受けたのだ。

 『太陽を盗んだ男』は、『ゴジラ』の四半世紀後にこの「作る側」の問題に真正面から踏み込んだ。社会科見学の帰り道、理科教師・城戸誠(沢田研二)と生徒たちを乗せたバスが乗っ取られる。犯人の老人は「天皇陛下に会わせろ!」と要求するも、警察によってあっさり射殺されてしまう。その様子を間近で目撃していた城戸は、やがて東海村の原発からプルトニウムを盗み出し、アパートの一室で原爆をDIYしていく。

 完成した原爆で城戸が最初に突きつけた要求は、「プロ野球のナイターを、試合の最後まで中継しろ」。二つ目の要求は、「ローリング・ストーンズに日本公演させろ」。もうメチャクチャである。

 天皇に会わせろと叫んで死んだ老人には、国家に突きつけたい問いがあった。城戸にはそれがない。ただし、これを「理念なき若者」の物語として片づけてしまうと、この映画の本質を取り逃がす。城戸は目的があって原爆を作ったのではなく、彼にとっては作ること自体が目的だったのだ。

 部屋にこもって原爆を組み上げる姿は、テロリストというより工作に没頭する少年に近い。だから完成した瞬間に目的は果たされ、使い道のない力だけが残る。使い道を思いついたところで、それはナイターやストーンズのような、自分の部屋のなかで完結する欲望でしかない。

 思えば、城戸が生徒を連れていった原発見学そのものが、戦後日本の教育だった。この国の原子力は、「平和の目的に限り」と法律に書き込まれたうえで導入されたのだから。城戸の原爆は、その大義をきれいに剥ぎ落とし、「作る」ことだけを残した。「作る」と「使う」のあいだのこの空白こそが、本作の主題なのだ。

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