林士平、マンガ業界の知られざる現実を明かす 『見上げてごらん』に見たアシスタントの誇り

――私も以前、大手の週刊マンガ誌の編集部にいたので知っていますが、入社1年目とかの若手の編集者は、大御所作家の担当になる場合が多いですね。つまり、大御所は手がかかりませんし、逆に仕事を教えてくれたりもしますから。
林:それは一理あるんですけど、何もせずに、大御所の背中を見て学べというのだけではやはり無理があります。編集長なり副編集長なりが、きちんと若い編集者に仕事のノウハウの基本を教えた上で、大御所の担当につけるべきなんですよ。そうでなければ、マンガ家さんに対しても失礼です。今回の映画についていえば、編集長がちゃんと彼女の適正を考えた上で、吉住先生の担当にしたのかどうか、僕には疑問でした。
――その他に印象に残ったシーンはありますか?
林:土屋がちょっと奮起して、自分の作品を描いて出版社に持ち込みに行く場面でしょうか。あのあたりの彼のがんばりは、もっと見たかったかな。ただ、そのあと、なんで彼が山田ぽてと(川上友里)と組まされるのかはよくわかりませんでした。土屋と山田ぽてとがどういう才能の持ち主なのか、あまり描写されていないせいかもしれませんが、あのふたりは、作家としては絶対にかみ合わないでしょう(笑)。そういう意味でも、彼らを組ませた編集者(潮田ユキ)は迷走してたのかな、と思いますけど。
コロナ禍で一変したマンガの現場

――吉住先生の仕事場はアナログで原画を制作しているので、アシスタントたちが机を並べて、みんなでワイワイやりながらマンガを描くという環境ですよね。ああいう昔ながらの仕事場は、いまでもありますか?
林:僕の知っている限りでは、いまはもうほとんど残っていません。コロナ禍が業界のフルデジタル化を一気に加速化させてしまった感じですね。あのパンデミックをきっかけとして、アシスタントさんたちの身を守るために、リモート中心の制作に切り替えたマンガ家さんが多かったんですよ。ただ、これについては良い面と悪い面があって。良い面でいえば、通勤時間がなくなったぶん、アシスタントさんたちに、自分の作品を描いたりインプットしたりする時間ができたということ。一方、悪い面は、リモートでは人と人とのコミュニケーションが完全には取れないということです。やっぱり現場で師匠から直接教えられることや、仲間たちとなにげない会話を交わすことは大事だと思うんですよ。だから、月に1回でもいいので、スタッフ全員が集まるような機会があればいいと思っているんですけど、実際にはなかなか……。
“夢を叶えること”はそんなに大事なのか

――物語の終盤、土屋が、「夢を叶えるってそんなに大事? 俺だってマンガを支えてるんだよ」と妻の莉花にいう場面がありました。これはこの映画のテーマを象徴しているセリフだとも思うのですが、林さんは、「夢を叶える」ことは大事だと思っていますか?
林:夢をもつこと自体はいいことだと思いますけど、それを周りが押し付けるのは、「夢ハラ」ですよね。「夢をもたねば、生きている価値はない」みたいな風潮は、ハラスメントに近いものだと僕は思います。
――精神論で「がんばれ」というほど、無責任なことはないですからね。
林:そう、たとえ家族であっても、「生き方」の規範を強要してはいけないと思う。ましてや、夢を叶えなくてはならない、なんて話はないでしょう。別に夢なんかもってなくても、己の人生なんだから、好きにすればいいんじゃないかと思います。だから、土屋の言いたいことはわからないでもないです。
――そんな林さんは、子供の頃になりたい職業はありませんでしたか?
林:なかったんですよね(笑)。父が歯医者だったので、漠然と自分もその跡を継ぐのかな、と思っていたくらいで。もちろん編集者になるつもりなど微塵もなくて、大学3年の頃に就職活動を始めて、いくつか受けた会社でたまたま受かったのが、前にいた会社だったというだけなんです。言い方は悪いけど、夢も何もない子供でした(笑)。ただ、それが悪いことだとは思いませんよ。夢なんかなくても、一所懸命、それなりに楽しく生きてる人はごまんといるわけですし、個人的な話でいえば、たまたまなった編集の仕事も、やりがいはありますから。
いまの自分の生き方を肯定してくれる映画

――林さんは今、「ミックスグリーン」という新会社を立ち上げられて、新しいマンガの形を模索されているところだと思いますが、これからこのマンガ業界は、どうなっていくとお考えですか?
林:幸いなことに現在、マンガという表現ジャンルは、全世界に読者がいる巨大なメディアに発展・成長しました。アニメ化やグッズ化といったIPビジネスとしての展開も含め、今後も多様で豊かなマンガの世界は、変わらず広がっていくんじゃないかなと思っています。実際、日本に限らずどこの国にもやる気のある編集者はいますし、才能のある描き手もどんどん出てきていますからね。ただ、さっきもいったように、現場の仕事の進め方はフルデジタル化している場合が多いのですが、マンガ家さんたちの「面白いマンガを描きたい」という情熱は、いまも昔も変わっていないと思います。ですから、普通に、いままでと変わらず、才能ある作家さんたちと良い作品を作り続けていれば、おのずと「世界」に届くのかな、と思っています。
――それでは最後に、これから映画『見上げてごらん』を鑑賞しようと思っている方々に一言、お願いします。
林:冒頭でも言いましたが、この映画の最大の魅力は、本来はスポットライトの当たりにくい人たちが懸命に生きている姿を丁寧に映し出しているところです。観る人によっては、いまの自分の生き方を肯定してくれるようなところもあると思いますし、夢がある人もない人も、主人公たちの日々の暮らしを見ていれば、元気をもらえるんじゃないでしょうか。マンガ業界の片隅で生きている一編集者として、お勧めします。
■公開情報
『見上げてごらん』
テアトル新宿ほかにて全国公開中
出演:森田剛、森川葵、川上友里、阿部寛、松本まりか、武田鉄矢、早瀬憩、前田航基、吉田晴登、伊島空、上田遥、岩橋道子、金光泰市、愛理、祷キララ、坂口辰平、松澤匠、真田理希、神谷圭介、四宮義斗、真織、乃木涼介、牧亮佑、友咲まどか、おかやまはじめ、猪股俊明、木村真奈美、小倉早貴、かんこ、五頭岳夫、小林きな子
監督:森本晶一、佐藤快磨
原案・脚本:森本晶一
音楽:池永正二
企画・プロデュース:江守徹
エグゼクティブプロデューサー:巖本博、小佐野保、赤澤芳樹
製作幹事:巖本金属、ギークピクチュアズ
制作プロダクション:ギークピクチュアズ
配給:ギャガ
©2026「見上げてごらん」製作委員会
公式サイト:https://gaga.ne.jp/miagetegoran
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公式Instagram:@miagetegoran






















